たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

新型コロナウイルス

そこそこ程々

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(THE PAGE 4/5(日) 17:00)

 いよいよ緊急事態宣言なのだそうだが、その内容を読んでみると、どこら辺が「緊急」なのか、さっぱり分からなかった。率直に申せば、


 という風にしか感じなかった。ちなみに、このツイートの後半は『復活の日』からのパクリである。外出しても罰則なし、仕事にも行ってよし(しかも満員電車)では、一般庶民にとっては普段通りの生活である。店舗などは営業自粛を同調圧力的に強要されるのであるが、それ以外、何が違うのであろうか。この辺り、新型コロナによる医療崩壊を阻止しようという気概を感じない。これを書いている自分も、出勤時間が変わるだけで、とりあえず明日からも出勤するのである。
 自分はちょっと穿った見方をしていて、日本の政府は、ある意味「見切っている」のでは無いかな。というのは、


  こんな様な計算は、当然してると思うのだ。医療現場が崩壊しようが、子供や生徒の勉強が遅れようが、それだけで国が傾く事は無いだろうと。むしろ、産業や経済を止める方が、国を傾ける危険がある。補償を出す方が具合が悪い。エクアドルみたいに、コロナの死人が街がどに転がってる訳でもなく、人々が暴動起こす様なパニックも招来しないだろう。だったら、一応は緊急宣言は出すけど、実際はそこそこ程々にしときましょう、というのが本音なんだろうな、と。
 まぁ、一応、今週からマスクをつける様にはしたし(実はマスク大嫌い)、不急不要の外出も避けてるのだけど、お上がこんな具合で締まらない様子なので、自分も何となく締まらない感じである。日本政府が欧米諸国みたいに強権を発揮しないのは、先の大戦で敗れ、日本政府が戦前の様な強権を発揮出来ない様、連合国に骨抜きにされたから、という理由を述べていた人がいたが、日本国民の方も「国難」だの「非常時」だの言われても、だから鉢巻締めて褌締めて、とならなくなったは、やはり先の大戦で政府から調子いい事言われて騙された経験からなんだろうと思う。





『復活の日』

2020-04-04 00.06.17

 あえてこの本の感想を書かなかったのは、この本は風邪をひいて寝込んだ時、必ずと行って良いほど読む本で、それこそ何回も読んだし、これからも読むであろうから、敢えて感想を述べる必要も感じなかったからである。実のところ、この本を読んでたお陰で、昨今のコロナ騒ぎは、何となくその流れが見えてたし、この本の中で描かれたほどの「災厄の事態」にはならぬであろうから、そこまで大騒ぎせんでも、という気持ちにもなっている。
 どうして風邪をひいた時にこの本を読むのかというと、この本の中で人々は、表面的にはインフルエンザで苦しんで死んでいくので、少しでも自分もその苦しさを味わってるその時に読む事で、その物語を仮想的に実感するためである。しんどくない時に読んでも、それなりにゾクっとする内容の本であるが、風邪ひいてしんどい時に読んだ方が、MM-88に罹患してるっぽい雰囲気が味わえるのだ。
 それはさておき、この本の中では、ウィルス学の初歩も学べるし、崩壊していく社会の様相も見れる。むしろ、後者の方こそがこの本の魅力である。映画も作られたが、しょーもないメロドラマが入って、肝心の部分がおざなりになっている。この本が「予言の書」と言われるのは、疫病によって犯される社会がどの様になるかを、如実に描き出しているところにあるのだ。
 目下のコロナ禍で、もっとも大変な状況になっているのは、医療現場である。医療崩壊のシーンは、『復活の日』にも描かれている。ついで報道の有様、これも描かれている。しかも、本の中身の通りである。スポーツやイベントの中止は、さすがに人がバタバタ倒れている訳ではないので、状況が違う。経済が大打撃を受けるシーンは、この本にも少々書かれているが、大打撃を受ける前に人類が滅んでしまうので、その意味ではあまり影響がない。そして決定的に違うのは、この本に描かれているほどMM-88が宿主にしてるウィルスほど、新型コロナは感染力・毒性が高くない事と、この本に描かれている様に「人がバタバタ死んでない」という事だ。
 その意味では、我々は新型コロナで、直接目に触れる形での「恐怖」を見ていない。「恐怖」は伝え聞く話しばかりなのだ。今、自分が仮に感染してたとしても、無自覚無症状の者もいるという。熱も出てない、目の前で人が死んだりもしていなければ、道端に死体が転がってる訳でもない。『復活の日』に描かれた恐怖は、今のところ、新型コロナでは現れてないのだ。
 その意味で、過度な恐怖心や不安感は持たない方が良い、というのが自分の考えである。




泰然自若

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(プレジデント Digital 2020/03/31 17:00)

 この記事を読んで、自分は率直になるほどと思ったのだけど、コメント欄を見てみると、「上から目線」だの「自宅に籠りっきりの記者の独善」だの、あまり評判が良くない。まぁ、タイトルに「大バカ者」と書いてあるので、読んだ人が自分をバカにされたと感じたのかもしれない。自分も先日「盲いたる民 世に踊る」なんて記事を書いたから、不快に思った人もいたかもしれない。
 しかし、直言というのは、往々にして耳に痛いもんだし、また直言の中にこそ聞くべき意見があったりもする。自分は前々から言っているが、今回のコロナ禍、14世紀のペスト禍とか、小松左京の『復活の日』みたいに、人がバタバタ倒れて、道端に死体が転がって腐り始めてる、みたいな、そんな絶望的な状況では、全然ない。確かに病院は患者が押し寄せてエライ事になっている。イタリアの方では火葬場が間に合わなくなりつつあるという(あっちは土葬だと思ってたんだが、変わったのかな)。コロナ禍が直接の原因で酷い事になっているのは、他人事みたいな言い方になるが、そこら辺くらいなものである。
 にもかかわらず、どうして世の中全体がこんなに大騒ぎになるのか。どうしても自分は針小棒大な気がしてならない。病院が大騒ぎでこれ以上患者を増やしたくないから、感染しないように家に居ろ。これは分かる。人出がなくなるから、客商売が上がったりになる、仕事いけないから稼ぎがなくなる、そうした連鎖的な事も、まだ分かる。食うや食わずの貧しい人らも、今日明日死ぬ訳ではないから、やっぱり先の事(人によっては今日の事)が心配なのも分かる。諸々分かるけど、それに輪かけて、みんなが末世感で過度に不安に陥ってるのは、ちょっと分からない。今日も満員電車で出勤した訳だが、本当に死の恐怖があるなら、仕事になんか行けないし、家に閉じ込められてても祈るほかに何も出来ないだろう。
 うがった見方になるけど、「身の危険がないレベルで社会不安に浸りたい」なんて気持ちがどっかにあるんじゃないか、なんて思ったりもする。まぁ、それはそれでも結構だが、どんな事になろうとも、最後の最後は自分の気持ち次第である。ドデンと構えているしかないんじゃなかろうか。その意味で、大バカ者になるな、とこの記事は言ってるんだと自分は解釈した。




盲たる民 世に踊る

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(J-CASTニュース 2020/3/26 17:19)

 どのニュースを見ても、新型コロナウィルスで持ちきりである。最初は新聞の片隅にあったのが、徐々に右上の方に上がってきて、今や毎日一面トップである。どのカテゴリーのニュースにも、一番上に新型コロナのニュースだ。小松左京の『復活の日』で描かれた新聞の有様と同じである。違いがあるとしたら、言うほど死人が出てない事だ。もっとも、『復活の日』では5月から流行が顕著になって、6月で国が傾くほど死人が出て、8月にはほぼ全人類が死滅するので、新型コロナもこれからが本番かもしれない。
 その様な不安に駆られてる人が大勢いるのか、マスクやトイレットペーパーの買い占め・品薄に続いて、東京封鎖のニュースが流れた途端、今度は食料品の棚が空っぽになってるとか。昨日などは、10kgのコメ袋を20個も買ったおっさんの写真が流れてきた。一体何人家族なのか知らないが、普段はそんなに大量にコメを一気に買わないだろう。せいぜい買って30kgくらいじゃないのか。ウチはそうである。
 ちなみに、嫁さんに今、ウチがどれだけ米を消費しているか計算させたところ、10kgを約20日で消費してるそうである。30kg買えば、2ヶ月持つ計算である。ちなみに先月末に30kg買って、今20kg目をライサーに入れたから、あと40日くらいは持つ計算である。大体4月末頃まで持ちそうである。その頃、世の中がどうなってるかは分からないが、新型コロナウィルスは『復活の日』のMM-88と違って、そんなには死にはしないみたいだから、色々爪痕は残るにせよ、まぁこれまで通りの生活をやってると思う。つまり、200kgもコメを買い置きしたとしても、どんどん古くなって、来年くらいに不味い飯を食う羽目になるのがオチである。
 確かに、金にせよ物にせよ、持っているとそれだけで安心なものである。無いよりは全然安心である。しかし、それらの物は「使う」のが前提であるし、特に食料品というのは、食わない事には無駄になる。どのくらい消費して、どのくらいのスパンで凌ぐかを、ちゃんと考えて買い物しないと意味がない。仮に、200kgの米を買って、最後の審判を乗り切って神の国に入れるなら、それはそれで結構な事であるが、『ザ・ロード』みたいに10年スパンで世界が崩壊してしまう様なシチュエーションでは、200kg買ったとしても持たない。
 そういうのを考えたら、買い置き(買い占めではない)は、せいぜい1ヶ月分くらいが目安であろうし、また限度であろうというのが、自分の考えである。自分ら人間の分だけでなく、猫らのエサや砂もである。トランポの燃料も可能な限り満タンにしておくが、それ以上は保管の問題もあるので、持たない様にしている。そして、こういうのは普段からやっておけば、不安がらせるマスコミの報道が流れても、それに踊らされる事なく暮らせるというものなのだ。





備えあれば憂いなし(玄関にバール)

(NHK WEB NEWS 2020年3月17日 9時25分)

 日本ではマスクやトイレットペーパーが払底した訳だが、アメリカでは鉄砲や鉄砲の弾が大売れだとか。お国柄の違いと笑う向きもあるのだが、アメリカ人って、冷戦時代以降、この種のサバイバル感覚は日本人なんかよりも遥かに上だと思う。鉄砲がダメでも、その他の刃物や鈍器で武装してる人って、日本人にどれだけ居るだろうか。太閤秀吉の刀狩り以前は、日本も高度に武装した村落が普通だったのだが、自分で自分の身を守る、少なくともその決意と準備をする、というのは、今の日本人には馴染まないらしい。
 かくいう自分も、あまり偉そうな事は言えない。かつて高校生くらいの頃、サバイバルという言葉が日本に入ってきて間なしの頃、親に震災や戦災などの防災に付いて話しを振ったところ、「そんなもん来たら、みんな枕並べて死んだらええねん」と返されて、憤慨というか不甲斐ない思いをしたものだが、自分がその親の歳になった今、同じ様な事を考えてたりするので、これもやっぱりお国柄なのかな、と思ったりする。
 しかし、アメリカ人が防災アイテムとして購買欲を刺激されるのは、別に鉄砲だけではなくて、食糧なんかもかなり先進的である。例のサバイバルフーズに似た様なのが、結構市販されてるみたいだ。ツイッターでたまたま流れてきたのが、この4-WEEK FOOD SUPPLYってやつ。3人が4週間食いつなげる防災食で、サバイバルフーズと同じ25年間持つ。お値段297ドル、1ドル110円として3万2,670円である。目下のコロナ禍でどのショップもSOLD OUTだが、海外配送はしてないので日本では買えない。よしんば売ってても、個人ではなかなか買わない。これを買った人は、


 という事で買ったらしい。まぁ、日本でも暴動が起こって戒厳がしかれる様な事態になれば、その必要を感じる人も増えてくるんだろうけど、そんな心配がないから、備える心配もせずに済んでるというところなんだろう。
 ただ、暴動は起こらなくても、食いもすれば拭きもする。事が起こって慌てるより、やっぱり備え有ればなんとかである。ちなみに、ウチはトイレットペーパーは家内のウチからトランポで大量に持って帰ってきた事があって、あと2ヶ月は余裕で大丈夫との事。今回のトイレットペーパー騒ぎに備えての事では無かったのだが、面倒くさいと思って積みこんだのが、結構役に立った訳だ。

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こういうアイテムが好きってのが本音なんだが




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