たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

飯盒

飯盒大活躍

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 この一ヵ月、カセットガスの燃費を調べるために、ずっと飯盒メシばかり食ってきた。当初、10回くらいで無くなると思っていたカセットガスは、驚く事に現在18回目。それでもまだ少々ガスが残っており、もしかしたら20回くらいは炊けるかも知れない。驚くべき燃費なのだ。まぁ、これについては結果が出たら詳述する事にする。
 そんな具合なので、この一ヵ月はずっとメシは飯盒で炊き続けた。2合炊いて、1食1合として食う訳である。炊いているのは、6畳間のど真ん中。つまり、机でMacに向かっているその背中で炊いている訳である。一ヵ月もガスバーナーでメシを炊き続けると、わざわざお湯沸かしたりオカズ作ったりするのに台所に立つのが面倒になり、ついつい同じ6畳間でラーメン煮たりソーセージ炒めたりしてしまう。もともと一人で摂る食事は貧相というか、質素なので十分なので、大層な調理器具も要らない訳だが、ますます手軽にすます傾向が出てきた。
 ラーメンはキャンティーンカップで作る。みそ汁も同様である。玉子やウインナーは飯盒のフタにトランギアの鍋つかみをつけて炒める。むろん、メシを炊いて蒸らしている間にやる訳だが、フタを使う時は掛子をフタ代わりに飯盒にはめておくのである。冷や飯を飯盒で焼き飯にしようとしたが、メシに水分が多くて冷えていてもあまりバラけず、ただの油メシになってしまった。それでも黒焦げにならない限りは、水に漬けておけばキレイに洗えたから大したものだ。
 カセットガスの飯盒メシの実験が終わったら、是非ともやろうと思っているのが、飯盒でスパゲティである。スパゲティを普通に茹でるのは問題なく出来るだろう。ミートソースとかもスパゲティと一緒に温めるのも問題ないという気がする。出来るかどうか判らないのが、フタや飯盒本体でスパゲティを炒めて、ナポリタンとかが作れるかどうかだ。恐らくこびり付くんじゃないだろうか。やれる事に限度があるとしても、自分の日常生活でさほど支障がないのであるのから、やはり飯盒ってエライなぁ、と思うばかりである。







フライパンは要るか要らないか?

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 必要と感じてユニフレームの角型フライパンを2つも買った訳だが(角型クッカーがモリタとユニフレームの両方あるので)、実際使ってみると、あまり使い勝手が良い物でない事が判ってきた。というのは、小さすぎて作れる物に限度があるのだ。このフライパン、角型クッカーの底にスタックする様に設計されているので、サイズもせいぜい14センチ四方くらいである。ご丁寧に折り畳みの取っ手まで付いている良くできたフライパンである。しかし、これで色んな物を作るには、ちょっと手狭な感じである。
 自宅でフライパンを使う用事があると言えば、玉子を焼いたり、スパゲティーを炒めたり、焼きメシ作ったり、ハンバーグ焼いたり、といった感じである。ある程度形がある物なら、それほど面積は要らないのであるが、焼きめしとかスパゲティーの様に、それなりに量があって形が定まらない物は、小さいフライパンだとやりにくい。実感してみたければ、卵焼き器やカツ丼用の鍋で焼きめしをつくってみるといい。うまくひっくり返せないし、一度に作れる量が少なくて、イライラしてくるはずだ。玉子焼いたりとかソーセージ炒めたりする程度なら、飯盒のフタでも取り敢えずは対応出来る。飯盒でメシを炊いた場合は、炊きあがったらフタの代わりに掛子(中ブタ)をしておけば、フタは他の事に使えるのである。
 角型フライパンでメシを焼こうとした事は何度かあるが、どちらかというと、焼き飯とかチャーハンでなく、温め直したメシになってしまう。まぁこれはこれで価値があるが、冷や飯はどっちみち飯盒を洗う手間も省くために、水をいれておかゆか何かして食うつもりをしているから、ちっこいフライパンで炒めてもあまり意味がない。というか、面倒くさい。角型フライパンでインスタントラーメンを作る事は可能であるが、浅鍋であるから作りにくいし、食いにくい。だったらキャンティーンカップで作りたいくらいである。
 こうなってくると、いよいよこのフライパンの価値が判らなくなってきた。結局は、何を食うかによって必要な調理器具も変わってくる訳であるが、さほど使わない物とか他で代用が利く物は、出来る限り持って行きたくない。また、手間の掛かる物もダメだ。油物は後始末が面倒なのである。







飯盒メシ

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 昨日から今日にかけて、やたらと腹が減って仕方ない。我慢はしているが、口寂しいのはつらい事である。いっそ、メシが不味くなればいいのに、と思うくらいだが、これまた幸か不幸か、メシが美味い。実家から送ってきた新米だが、先月まで食っていた麦飯とは訳が違うのである。塩かけただけで飯盒1本平らげてしまいそうな勢いなのだ。
 ところで、日頃は5キロ1800円くらいの米を使っているので、いくら新米だコシヒカリだといっても、多寡がしれている米なのだと思うのだが、モノホンの新米との違いは、炊きあがりに決定的に現れる。よく古米は水を多めにする、というが、これを逆にとれば、新米は普通の水量ではちょっと多い、という事になる。事実、今までと同じ水の量で、同じ炊き方をしても、水の飛びが遅く、ひつこく火に掛けているから、ちょっと焦げてみたり、少々柔らかすぎる出来映えになったりする。飯盒の水量線は、おそらくは標準米程度の米を対象とした水の量に合わせてあると思うから(軍隊に納入される米がそんなに上等だとは思えないし、貯蔵している間に古くなる事もままあったろう)、モノホンの新米ではちょっと水が多いのかもしれない。
 しかし、それでも美味いのだ。冷えても美味いのだから大した物だ。ガスバーナーで炊こうが、ガソリンバーナーで炊こうが、とにかく美味くて、サバ缶だろうがインスタントラーメンだろうが、とにかく食が進む。寺崎勉さんは、ガソリンバーナーで炊いたメシは美味くない、ガソリン臭いとおっしゃるが、自分はもともとそんなデリケートな舌はしてないから、余計に美味く感じるのだろう。
 あと、やっぱりメシタキストとしては、正念入れてメシを炊くから(それこそバイトの数倍の注意力で炊くのだ)、やはり成功作品として余計に美味く感じるのだろうな。うむ、日本人に生まれて良かったな、とつくづく感じる夜更けである。







料理考

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 キャンプの本の多くは、料理のページにはやたら凝った料理のレシピを紹介しているのだが、まぁ二泊くらいのオートキャンプならいざ知らず、ソロキャンプの場合は持って行く道具にも制限があるから、あんな凝った料理は無理だと思うし、また面倒くさくて作らないと思う。その点、寺崎勉さんは、「さすらいの野宿ライダー」の中で、「ホッカホッカのめしのおかずはというと、塩、しょう油、火にかけたサンマの缶詰」リッチな食事として「ボンカレーにインスタントラーメン」という、極めて貧乏たれなスタンダードを示している。しかし、これが不味いものではなく、美味いから始末におえない。だから、貧乏くさいというか貧乏そのもののメシでも、決して不満でもなければ困る訳でもないのが実際のところである。
 フライパンを装備するか否かは、料理の幅に影響を及ぼす重要事項であるが、要するに、ウインナーを炒めたり、冷や飯を焼いたり、スパゲティをナポリタンにしたり、ホットケーキを作ったり出来るどうかである。あるに越した事はないのだが、ウインナーなんか普通に飯盒のフタやクッカーで炒められるし、焼き飯も飯盒やクッカーで出来る(ただし、メシがこびり付くが)。やりにくいのはホットケーキや目玉焼きくらいなもので、玉子はスクランブルエッグにすれば良いし、ホットケーキなどは家でも年に1〜2回しか焼かないのだから、わざわざキャンプの時にやらなければ良い。基本的に油を使う様な料理を止めれば、後片付けが格段に楽になる訳だから、ソロキャンプの料理と言うのは、煮たり炊いたり温めたりするレベルでやるのが良い、という事になる。
 そうなると、やはり主力は米の飯で、これさえ上手く出来ていれば、大抵はそれで満足出来てしまう様なものだ。







久々の戦闘

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 昨日は手賀沼の方で長時間エンドレスのサバゲー大会をやるというので、久しぶりに参加してきた。7月に隊が活動を停止して早4ヶ月。最後に参加した定例会は3月か4月であるから、ほぼ半年ぶりの戦闘である。まぁ、個人装備は全部残してあったので、フリッツヘルメットにOTVをしっかり着込み、物干し竿みたいに長いM16A4を構えて、3時間の長時間戦を楽しんだ。5名の隊員(その内3名は余所の隊)を指揮し、やっつけられる事のべ23回、やっつけた数も延べ20人ほど、奪った陣地は延べ2つ。まぁ、3時間の戦闘としては、内容の濃いものだった。こんな激しく充実した戦闘は年に1〜2回あれば良い方で、まぁ、参加しただけの事はあったなぁ、という感じだった。さすがに半年も忍び足で歩いたり、木の幹まで駆けたり、切り株で蹴躓いて転けたりしてなかったので、終わる頃には腰はガクガク、家に帰ったら肩は筋肉痛で、オレも歳食ったなーと実感している。
 会戦が終わったあとにバーベキュー(と言っても、串焼きではない。網の上で肉焼く訳だから、正確には焼き肉大会)をやるというので、コールマンのピークワン550Bと飯盒を持って行き、現地でメシを炊いた。ガスバーナーではさすがに火力が落ちると思ったのであるが、今回は軍装をしているので、隊の軍装に合わせてバーナーもマリーン仕様にした訳だ。まぁ、ポンピングして火を着けるだけだから、何の事はないのだが。多少風があったので強火でもイイ感じにメシが炊けた。550Bは弱火もかなり利くので、メシ炊きでも問題のないコールマン製品である。焦げ付かせず、噴きこぼれも出さず、イイ感じに炊けた飯は、食った人からはそれなりに好評だった。メシタキストの本分は全うした訳である。
 しかし、隊が活動を停止した今となったは、この550Bも当分、使う機会がない。だから家に帰ってから、タンクにビニールチューブを突っ込んで、例のサイフォンの原理で残ったガソリンを抜き、抜けきらなかったガソリンは空焚きして燃やした。ところが、なかなかガソリンがなくならず、その前にタンクまで熱くなったので、消火して冷やして着け直す、というのを3回くらい繰り返した。なかなかしぶといバーナーである。最後には、ポンピングしても空気しか出てこない様になり、完全にガソリンは抜けた。ゴミを払い、ポンプにオイルをさして収納袋にしまった。今度はいつ使う事になるやら。






北欧からの使者

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 先日、ヤフオクで落札しておいたスウェーデン軍の飯盒が届いた。ナイスタイミング。早速開けてみると、どっから見てもデッドストック丸出しの懐かしい“ラグビーボール”が出てきた。昔持ってた奴と同じである。昔は大して気にも留めず、観察もしなかったのだが、今回はじっくり観察してみる。
 まず、SVEA NC57の刻印のある飯盒だが、ヨーロッパ製の飯盒としては比較的出来の良い方である。特徴的なのは、鍋の身が厚い事である。ノギスで図ったら1.5ミリもあった。これもアルコールバーナーで効率よく煮炊きするための設計なのであろうか。飯盒の容量は、日本式に比べると少なくて、ドイツ軍の飯盒と似たり寄ったりに様である。ただし、日独式の飯盒の様に、水量線が付いていないので、これは純粋に鍋として使うようである。まぁ、ドイツ軍もメシなど炊かないので、野戦炊飯車からシチュー貰ったり、スープ温めたりするのに使うのだが。一応はアルマイト加工がしてあるらしいのだが、アルミの表面が日本製に比べるとガサガサした感じなので、フタがしにくいという欠点がある(ちゃんと閉まるが)。
 鉄製の五徳&カバーの方は、SVEA NC67の刻印がしてあった。飯盒より10歳若い事になるが、飯盒とカバーの製造年がバラバラというのも変な話しなので、もしかしたら、デッドストックでも程度の良い物を選んで適当に組み合わせたのかもしれない。まぁ、実用に一切問題ない訳であるが。コチラは五徳&カバーにしか使えないのに、かなりしっかりした作りで、落としたくらいでは壊れないし凹みもしない。底に大きな穴が開いていて、アルコールバーナーに火を付けてから、上から被せられる様になっている。当然、火を消す時はカバーを外してからバーナーにフタをする案配である。五徳は折り畳み式で、起こした時の飯盒の座りは最高に良い。それだけに、専用の飯盒しか使えないのが全く残念である。そういえば、米軍のキャンティーンカップのコンロで、煮たような形式の折り畳み五徳を備えた物があったが、あれはこの飯盒のパクリなんだろうか。まぁ、ぱくられても不思議でないくらい、良くできた品物である。しかし、カバと五徳の役以外に使い道のない道具に、こんなしっかりした物を作ってしまうスウェーデン軍というのは、随分余裕かました軍隊(というか国)である。鉄材供出で家の鍋釜まで集めて回らねばならなかった精神力だけは世界一の極東の島国とは訳が違う。
 さて、この飯盒の目玉ともいうべき、トランギア製のアルコールバーナー。ノリ弁と同じで、名称に冠されているノリよりも、おかずのコロッケの方がメインちゃうん?と同じ論法で、飯盒よりもこのバーナーの方が絶対価値があるとしか思えないバーナーであるが、TR-B25よりは一回り以上大きい。TR-281五徳よりちょっとだけ小さいくらいの大きさなのだ。どれぐらいの容量があるか判らないが、おそらくTR-B25の倍ちがい量が入るのではないだろうか。物の役にも立たない火力調整用のフタなど付いておらず、フタもTR-B25のひつこいスクリュー式でなく、すぐに開け閉め出来る簡単なスクリュータイプ。それでもゴムパッキンが入っているから、アルコールを入れた状態でも輸送は可能である。火口と飯盒の底までの距離が約33ミリ。昔使った感じでは、相当強力な火力であったと記憶している。
 で、この飯盒セットで泣かせるアイテムが、ポリ製のフラスコ型アルコールボトル。「RODSPRIT/MYCKET/BRANDFARLIG/GIFTIG」(RODSPRITの"O"はウムトラム)と書いてあるが、スウェーデン語はおろか英語でさえもさっぱりなので、何と書いてあるか判らない。まぁ、「燃料用アルコール専用。飲んだら死ぬで」といった事が書いてあるのだろう。でも、昔の古兵が水筒にチャンチュウ入れてチビチビやりながら行軍したように、スウェーデン軍の古兵もアルコール度数90%くらいのウォッカとか入れてそうである。それだったら燃料としても使えるし。しかし、容量にして200mlくらいのボトルなのであるが、だったら別にもっと大きなボトルを支給した方が良い様な気がしないでもない。まぁ、システム性で考えれば、このセットさえあればどこでも炊事可能であるので、それなりに意味があるのであろう。ちなみに、昔持っていたボトルは、ちゃんとキャップさえしていれば、アルコールが漏れ出す様な事はまったくなかった。よく出来た製品である。

 実際、これを使ったスウェーデン軍兵士の感想など聞いた事がないので何とも判らないが、しっかりした装備をしている軍隊は、兵隊を大事にしている軍隊とみて差し支えがないので、それほど不評がなかったんじゃないか、と想像している。自分は日本人で、メシ炊きを基準に飯盒を見るので、その意味ではちょっとかゆい所に手が届かない感じがしないでもない。でも、それ故に日本軍の飯盒は独自の発想が盛り込まれて開発された訳であるから、スウェーデン軍飯盒を参考に、兵式飯盒で似た様な事ができるシステムを考えれば良い訳である。







将校用飯盒

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 ウチの近所のルミエール商店街は、かれこれ15年の間にそれなりに様変わりしつつはあるのだが、それでも苔みたいに昔からやってるトラディッショナルな店が多い。その中でも、金物屋は何かあれば覗く店だ。そこの店で値段を調べてから、駅前のピカソとかダイソーで買う、というのがお決まりなのである。つまり、その店では何も買った事がないのだ。
 が、その店が自分を引きつけてやまない磁力を発しているのは、実はこの日本陸軍の伝統を受け継ぐ角型クッカーの存在である。日本軍マニアの人でないと判らないと思うのだが、これは将校用飯盒なのである。もちろん、これが作られたのは戦後も戦後、昭和の終わりか平成の始めくらいであろう。おそらくは、90年代のアウトドアブームの時に作られたに違いない。その売れ残りが、ルミエール商店街のトラディッショナル金物屋にいつまでもいつまでも鎮座していたのだ。しかも3つ。
 前々から気になっていたのだが、明らかにメシを炊くには不便そうな飯盒である。実際、将校用飯盒は弁当箱として使われる方が多かったらしい。こんな物でちまちま炊いているより、兵式飯盒の方が上手く炊ける。そんな訳で、こんな物に1200円も出す気になれず、通りがかっては見、店に入っては触り、と買う事なく数年を過ごしてきたのだ。ところが、どういう風の吹き回しか、店のおっさんが半額で良い、と言い出したのだ。よほどオレが物欲しそうな顔をしていたのか、それとも厄介払いがしたかったのか、まぁ、両方だろう。どっちにしても半額なら買いである。で、3つの中で一番キレイそうな奴、なぜか一つだけセロファンでくるんであった奴があったので、それをゲット。しかも、他のホコリかぶってハンドルにちょっと錆びが浮いてるやつが1200円なのに、どうした訳か、それは980円。おっさん即決で500円にしてくれた。かなり得した気分である。
 おっさん曰く、この飯盒、前に女の子(女子学生なのかOLなのかは判らない)がランチボックスで買っていったとの事。その金物屋、一応は「ケロロ軍曹」とか「二人はプリキュア」とかが描いたお子様用弁当箱から、大人向けのシックなランチボックスまで、一通り品揃えしてあるのに、なんでこの飯盒なのか。もしメシを入れるなら、余裕で3合は入ってしまう容量がある。女版ドカベンではないか。いや、恐らくはかなりイっちゃってる日軍マニアなのではないかと思うのだが(ウチの近所には、自分を含め、軍オタが結構いる。互いの連帯や連絡はほとんど皆無だが)、真相は闇の中である。そういうのに限って、意外と可愛かったりするから世の中困ったものなのだ。
 まぁ、そういうマニアな妄想はよしとして、この将校用飯盒、一体どうしたもんだろうか。1200円が500円になったからといって、あまり使い道がないのである。メシ炊くなら普通の飯盒の方が良いし。いっそ、調味料入れにでしてやろうか、などと思うくらいなのである。







メシ炊きの科学

 今までにも何度も色んなバーナー使って、色んなクッカーでメシを炊いてきたが、メシが炊き上がる時間や燃費まで計った事はなかった。だから何となく、アルコールバーナーの方がメシがフックラするな、とか、飯盒の方がソロクッカーより美味いな、という事は分かっていたが、その理由にまでは迫ろうとしてなかった。
 アルコールの方が美味いのは何故か。半煮えにならない程度のそこそこの火力で、20分ばかり少し時間を掛けてじっくり炊くかららしい。ガソリンバーナーだと、今までのやり方では、沸騰しフタが持ち上がって来るまでは全開で、そこからは弱火にしてたのだが、どうもこれでは焦げ付かないまでも、早く水分が飛び過ぎて、ゴワついたメシになる。それが証拠に、オプティマス123Rでは約13分で炊き上がってしまうのだ。だから、ガソリンバーナーでも、火力が安定したら、沸騰しきる前から弱火にした方が良さそうだ。それでめアルコールバーナーより火力が強いかもしれない。
 飯盒の方がメシが美味く感じるのは、深鍋であるからではなかろうか。ソロクッカーは比較的底が浅く、沸騰すると煮汁が溢れてくる。飯盒は底が深いだけに沸騰しても煮汁が上がってこない。だから水分の逃げが少なく、良い感じに米に染み込むのではないか。この理屈でいくと、ソロクッカーでも深底のポット型の物は似たような仕上がりが期待できる事になる。







またまた飯盒の話し

 ここ数日、ホームページのネタ作りのため、飯盒でばかりメシを食っているのだが、東京に出たての18歳の頃、しばらくメシを飯盒で炊いていた事がある。というのは、文京区白山に住んでいた2年間、炊飯器がなかったからである。
 自分が上京したのは、1988年の8月の事だが、料理関係の道具は本当に何もなくて、こっちに来てから適当に書い集める事になった。しかも、入居(という言葉を使うのが恥ずかしいくらいの四畳半だった)した始めの頃はガス台が使えず(元栓がしまっているのが判らなかった)、秋葉原で卓上ガスコンロを買ってきて、ドコで買ったのか飯盒でメシを炊き、美味い旨いと食ったのを今でも新鮮に覚えてる。その後、ガス台が使える様になるが、それでも飯盒を使っていたのは、当時、夜勤の交通警備のアルバイトで月16万円しか稼げず、しかも10万円も貯金していたので、食費以外はロクに買い物も出来ず、炊飯器は高嶺の花だったのだ。もちろん、冷蔵庫もない訳で、実質上、キャンプをやっていた様なもaのだった。
 とにかく、外食も金がかかるので、出来る限り自炊なのだが、米のメシを食おうと思ったら、飯盒でメシを炊く他ない訳で、それはそれは面倒な事だった。当時、茶虎のネコを飼っていたが、その頃ネコのエサと言えば、ご飯に鰹節を混ぜた物、という認識であったが、炊飯器がないのでメシも常時ある訳ではなく、むしろ貴重品だったので、鰹節だけをやっていたくらいである。
 飯盒でメシを炊く方法は誰かに教わった訳ではなく、何かの本で見て、独学で修得したものだ。最初は極めて原則的に、4合きっちり炊き、吹きこぼれようが絶対フタは取らず、音と勘だけで炊き上がりを察知し、終わったら飯盒を逆さにして蒸らせていた。当然、吹きこぼれでガス台は汚れるし、メシも固かったり柔らか過ぎたり。飯盒にも焦げ付きを作っていた。後始末が面倒なので、余計に飯炊きが億劫になる。だから炊飯器を買った時は、あまりにうれしくて、やたらメシを炊きまくったほどだ。しかし、あの時の体験のお陰で、後始末が楽で焦げ付かさず、そこそこ食えるメシの炊き方をマスターし得たのである。
 今でこそ趣味で飯盒メシを食っているのだが、あの頃は日々決戦、必死になって飯盒使ってたんだなぁ、と懐かしく思う。
 ところで、そんな生活をしていたのは、19歳の時にホテルの洗い場のバイトを始めるまでで、バイトが変わってからは経済状況も好転し、メシもバイト先で色んな物食える様になったので、飯盒メシを作る機会は激減。初めて買った飯盒は、最後に飯炊いてから長い間流しの中に放置して、沈没船みたいにした挙句、近所のゴミ捨て場に捨ててしまった。







初めて行ったキャンプの話し

 生まれて初めてキャンプに行ったのは、小学2年の頃、家族で琵琶湖にキャンプに行った時。今から考えたら、何であの時キャンプに行ったのか、よく判らない。別にアウトドア一家でも何でもなく、後にも先にもその1回しかキャンプに行った事がないのだ。まぁ、昔カミナリ族だった親父はキャンプ経験はありそうだし、昔話をオカンとしてて、一遍行ってみるか、という話になったのだろう。もちろん、親の支配下にあった自分の意向が反映された訳ではない。大体からしてキャンプの意味さえ解らなかったのだ。
 たしか一週間くらいキャンプした様な気がするが、よく覚えてない。覚えてるのは、親父がデカいメタ缶と飯盒でメシを炊いていた事(自分と飯盒の付き合いはこの頃に遡る)、オカンに琵琶湖で溺れさせられた事、腐るほど持ち込んだハズのお菓子は口にした記憶がない事、一度雷付きの大暴風雨になって、テント(伝統的な三角テントである)が雨漏り浸水した事、ある朝目が覚めたら晩の内に何かの虫に口を噛まれて、いかりや長介状態になった事、そして何が何かと言えば両方の親から怒られて「キャンプ=怒られる」という図式が頭の中で出来上がったのか、二度とキャンプに行きたいと言わなかったのである。
 あまりにガキの頃の話しで、何をしたか何を食ったか全然覚えてないのが残念である。親が生きてる間に、是非とも1970年代スタイルのファミリーキャンプの実際を聞いておきたいものだ。







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