たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

感想文

『アリータ: バトル・エンジェル』

d3cbf44abce02665
 夫婦のどちらかが50歳だと、夫婦割で二人で2200円で映画が観れると言う。だから「早く50歳になってくださいヨォ〜」と言う不躾な嫁さんが観たがったのがこの映画。木城ゆきとの『銃夢』が原作のハリウッド映画なのだが、自分がまず感じたのは、随分と古い作品が映画化されたなぁ、と言う事。まぁ、古い作品が実写化される事は珍しく無いのだが、『銃夢』って、それが連載されてた当時としても、結構マイナーな印象だったので、「どしてまた?」と言うのが率直な気持ちだった。ついでに言うと、顔は女の子なのに首から下が機械と言うのがあまり好きになれず、掲載誌でチラっと見かけただけで、原作は全然読んでない。だから、純粋に映画の感想である。
 天界にセレブが住んでて下界のスラムに貧乏タレが住んでる、と言う世界観は、「エリジウム」なんかでも描かれているのだが、この作品では上の世界(この作品では空中都市ザレム)を希求するほど、それほど下界が嫌な感じには描かれていない。確かに弱肉強食の世界ではあるのだろうけど、それはそれでいいんじゃ無い?と言う感じに見える。現実の世界でも、南アフリカとか南米とかの貧富の激しい国にある世界観、都市感みたいな、それでもみんな生きている的な感じに見えて、そこまでザレム行きを希求するのは、なんか不自然な様な感じがした。ちなみに、原作読んだ嫁さん曰く、原作ではその辺りがちゃんと描かれてているらしい。
 モーターボールの場面は、スーパークロスやスーパーエンデューロ好きなアメリカっぽい感じが描かれてて、とても楽しめた。主人公のアリータが、初めて見たモーターボール(の遊び)に直感的に興味を持ち、飛び入りで参加してボコられても逆に発奮して、天性の才能でやり返し、最終的にはモーターボールのスター選手になるのは、現実にもモトクロスや格闘技に入っていく女の子がいる事からも、むしろ「こうやって入っていくんだろうな」と現実感のある印象を持った。ちなみに、アリータをゴミ捨て場から拾ってきて再生し、実質父親代わりになるイドが、アリータが初めてモーターボールの試合に出る時に「ヘルメットはつけろ、URMの技術は壊れたら直せない」と言うシーンは、とても親身に感じた。
 総じて楽しめる映画ではあったが、まぁ普通。脚本の問題なのかな、惹き込まれるものが少ない感じがした。3部作の1作目らしいが、2作目は作られるのかな。








台湾料理 弘祥 佐倉店

2019-02-15 11.53.34
 自宅からトリンバに向かう道すがらに見つけたのがこの店。嫁はんが入りたいとせがむので入ってみたら、自分が気に入ってしまった。というのも、安い割りには意外に美味くて、しかもメニューが豊富なのだ。
 実は今日も嫁さんが行きたいというので行ってきたのだが、それもそのはず、ランチタイムで600円のメニューがある時間帯だったのだ。ランチといっても種類が豊富で、20種類くらいある。全品制覇するにはなかなか時間が掛かる訳だが、自分はどれを頼むにしても、必ず鶏の唐揚げを頼む事にしている。普通に売ってる唐揚げの4倍くらいの大きさで、衣がカラっと揚がっていて、たれ塩がこれまた美味いのだ。これで100円は安い。ちなみに、ランチメニューはご飯お代わり自由なので、なおさらリーズナブル感が高い。
 この店、安いのだけど、手抜き感とか棒引き感というのは全然感じられない。店の構えこそ、どっかのコンビニを居抜きで買い取って改装した感じで、たしかにトラックの運ちゃんとかが好みそうな感じなのだし、値段設定も上級市民をターゲットにはしてないのは明らかなのだが、美味いだけあってリピーターが多い様である(自分もその一人なのだが)。ちなみに、店は広く、席数も多いので、いつ行っても待たされる事がないのも嬉しいのである。
 台湾料理とは銘打っているが、必ずしも台湾料理ではない。ゴシップ好きの嫁さん曰く、華僑が経営するチェーン店で、労働ビザで来てる中国人に雇用を作るための店との事。ホントかウソか分からないけど、美味くて安いんだから、こちらとしてはその辺りの裏事情は気にもならない。店員の共通語は中国語だが、当然のこと、日本語もしっかり通るので大丈夫である。 最後に注意だが、ランチメニューでないレギュラーメニューには、たいてい唐揚げが2個付いてくる。うっかり間違えて唐揚げ頼まない様に。腹が満腹すぎてえらい事になる。






考える映画〜塚本晋也版『野火』

1f855ad6c82eee517e0b7c3ec8bd1570

 考えさせる作品、というのはよくあるが、「考える作品」というのは、あまりない。昨日、渋谷のユーロスペースで塚本晋也監督の『野火』を見終わったあと、帰りの道すがら、この映画の意味を考えずにはいられなかった。
 自分は原作も読んでいるし、1959年の市川昆監督の『野火』も見ている。ついでに言えば、大岡昇平の「レイテ戦記」始め、様々な戦記や史料を読んでいて、一緒に鑑賞した人たちよりは多少知識があるつもりもしている。しかし、それでいて、この映画の意味を一から考えずにはいられなかった。
 そこで、一晩考えて得たそれなりの答えが、「これは現実、リアルなんだ」という事だった。『プライベート・ライアン』を観た時にも感じたが、いっそ、スクリーンから臭いも漂って来る様な設備があれば、もっと効果が高かったろうに、と思う。
 大岡昇平の「野火」は、戦争文学として最高峰の作品だと思う。戦争に神性を持ち込む作品は多くある訳だけど、この映画では、その辺りをバッサリ切ってしまった。塚本監督もその辺りを狙ったのだと思うが、自分が生きてる方が不思議なくらいの、食うか食われるかの状況では、神云々はもはや度外視されていたのだと思う。
 この映画を見終わったあと、率直に「この映画は「大作」ではない」と感じたのだが、それは作品がお粗末という意味ではない。この映画の目線が、徹底して従軍した一人の兵隊の目線で描かれていたからだ。どの戦争にも英雄譚はあるのだが、個々の兵隊とは無縁なものである。原作では、ストーリーに神性を持たせ、主人公にそれに触れさせる事で、ドラマ仕立てにした。文学なのだから当然の事である。しかし、個々人の体験には、そんなものはない。ただただ悲惨、しかし自分だけではなかったのだ。個々人の体験は、大作ドラマではない。
  その意味で、この映画は、70年前の戦争の話し、という感じでなく、現代の話しの様に感じた。これは非常に重要な事だと思うのだ。1970年代くらいまでの戦争映画や兵隊映画は、実際に戦争や軍隊に行った人が、演じ観る時代だった。それ故に、同時代人としての誤摩化しのなさや共感といったものが感じられた。後世の自分にとっては、当時の人の生の声を感じる事が出来る。ところが、戦中世代がどんどん死に絶えて行ってからは、そうした映画も段々と英雄性を持ち始め、今や神話にさえ化している。そうした作品によって培われた戦争観を打ち砕く意味が、この映画にはあるんじゃなかろうかと思う。
 この映画は、考える映画である。この映画に何を見出すか、そこから何を感じ、考えるか、各人、思いを馳せるべきである。





星守る犬

2cc141dc84c6a1f4a95fbef2159aa714

 この作品はたしか連載されている時に、一部だけ読んで(「一等星」の川村少年がコンビニで盗み食いするシーン)「最近、この手(育児放棄)の話し多いよなー」と思っただけで、その後忘れていた。たまたま古本屋で見つけて、手にとって立ち読みしたのが運の尽き。自分も滂沱の涙の一員になってしまった。映画化された、という話しも知ってはいたが、数多くある動物ものの映画だと思っていたのだが、まさかこんな話しだとは思わなかった。
 中身については多くの人が感想を述べているので、細々とした事は述べず、自分が感じた事だけ書くが、まず一つは「星守る犬」の「おとうさん」の執着のなさと、もう一つは「一等星」の少年「川村哲男」の生存力に驚いた。普通、全財産つまった財布が無くなったら大事で、盗った奴を探しまくると思うがそうもせず、それが決定的原因で「おとうさん」と犬のハッピーは死ぬ事になる。でも、その死んでしまう事自体にも執着がない。「川村哲男」は育児放棄されて、あまりの空腹にアチコチの店で盗みを働き(決まってコロネなのだが)、恩人の財布までも盗んで旅を続ける。当然の事ながら、盗みは犯罪であるし褒められた事ではないのだが、「どうにかして生きる」という強い意志(そんな風には描かれれていないが)を感じた。
 前者は何もかも失って最後は死ぬ話しだし、後者は生きんが為に手を汚す(しかも前者を死なす)話しであるにも関わらず、「救いがない話し」でないところが、この作品の救いなんだろうな、と思う。この作品で描かれている悲喜こもごもは、どんな人も大抵は経験してる事だし、あるいは経験する可能性のある事なので、自分を登場人物に投影しやすい。そして「救いのない話し」というのは、いつまでも自分の心の中に残っているのだけど、この作品を読む事でその思いが救われた気持ちになるんじゃないかな、という風に感じた。
 こんなに泣いたのは、3年前にくろすけが死んだ時以来である。泣かせる作品は良い作品である。





眠らないと痩せる

f8703ebed3bf7bc7cbb03f2dac3ea85b

 前々から気になっていた「マシニスト」が、昨日たまたま深夜放送でやっていた。職場の同僚の結婚式の仕切りで、どういう訳かエラく疲れてしまって、帰って早々に寝たまでは良かったが、中途半端な時間に目が覚めてしまい、そのお陰で見る事が出来た。
 この映画の主演をやったクリスチャン・ベールは、この役の為に1日ツナ缶1個とリンゴ1個の生活をやったそうで、かつこの映画の後に「バットマン・ビギンズ」の為に、約半年で86kgまで戻したという。そんなエピソードがあったので、前から気になっていたのだが、こういう激やせ激太りというのは、もちろん身体に良かろう訳がない。自分もこの4月に、サバ缶1個くらいしか食えない日があったのだが、あれは精神的に参ってたから出来た事であって、結果、5月辺りの自分の写真は痩せたというより、やつれた感じに写っていたりするのだ。
 さて、この映画の様に、1年眠れない(言い換えれば、寝ずに生きていける)状態とか、ツナ缶1個にリンゴ1個の生活をやれば、この主人公の様な身体になる事は不可能じゃないと思う。前の戦争で、餓死した兵隊と同じ様なものである。ただし、クリスチャン・ベールは痩せるだけでなく、演じなければならない訳だから、それだけのスタミナ、身体は残していたに違いない、と考えていた。この映画を見て、ある程度納得できたのは、脂肪やアウターマッスルはげっそり落ちているのであるが、インナーマッスルはしっかり残っている様に見えた。だからこそ、その後に短期間のトレーニングでマッチョになれたのだと思う。
 自分が今取り組んでる運動も、実は胆の部分はこのインナーマッスルを鍛える事である。特に腹は放っておけば弛む部位である。でも闇雲に腹筋運動やっても、弛みは取れない。そこでインナーマッスルを鍛えるトレーニングが必要となった訳だ。有り難い事に、その成果というか効果は出始めている様である。
 昔から「徹夜したら痩せる」とはよく言われているが、残念な事に自分は眠いとどこでも居眠りしてしまう癖があるので、こればっかりは自分の体験として体感した事がない。





書は捨てず、焼かず

1fe7486e56575266af7e9d7d17b77941

 久々に新しい本を読んだ。ここ数年、買ってまで読みたいと思う本に出会えないのだが、この本も実は買った本ではなくて、ゴミ捨て場に捨ててあった本である。『言論統制 情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』物々しいタイトルから想像したのは、戦前の苛烈な文化統制の実態、ライスカレーを辛味入汁掛飯、ハンドルを走行転把とまで言い換えねばならなかった時代の様相をつぶさに書いたもの、というものだった。
 ところがその中身は、本家から里子に出されて、艱難辛苦を耐え忍びながらも勉学に励み、実力社会である筈の軍隊を目指しながら学歴に阻まれ、それ故か、誰もが平等に教育を受ける機会を社会的に作ろう、と理念した軍人の物語だった。書き手のバイアスが掛かっているのは当然としても、「言論界の独裁者」だったのはわずか3年ほど、それも真摯熱烈に職域に奉公した姿が感じられただけだった。
 この本を買った人がなぜこの本を捨てたか、読み終わったあと、何となく判る気がした。恐らく、自分がこの本を拾った時以上に、期待をしてたに違いない。当時の軍部が、どれほど理不尽かつ高圧的に言論界初め国民に命令していたかを。それはまったくのフィクションではないものの、被害者意識に彩られた歴史を教育を受けた結果なのだ、という事を、前の持ち主は認める事が出来なかったのではないか。ましてや、宮本百合子が教育という部分において、敵側の首魁であるはずの鈴木庫三と、意気投合してるなどと書かれては。
 「そして二一世紀の日本。ゆとり教育の下で「受験戦争」は過去の記憶となり、戦中から続いた平等主義の「教育国家」は、大きな曲がり角にさしかかっている。努力はダサく、知識よりも趣味が評価される現代日本で、大志とともに青少年から喧嘩の気概も失われている。鈴木少佐の悲願であった「教育国家」はこのまま終焉を迎えるのであろうか。」
 自分は共通一次世代の終わりの方なのであるが、実のところ、「知識よりも趣味」を優先した生き方を本能的に選んできた。豊かな国だったからこそ出来る選択だったと思う。一億総中流が終わった今、教育国家も終焉を迎えた、というより、一からやり直しの感がある。こういう本を読んだ時だけは、そんな事も考えたりするのである。





野宿ライダー、田舎に暮らす

c1fd2490b73cd1426c98b586531e99f8

 用事から帰ってきて、ベッドに寝転がりながらウトウトしてしまったらしい。すごく変な夢を見た。田舎の廃屋同然の家で、農村の過疎と格差社会を風刺した寸劇をやっていて、それに今も付き合いのあるとある争議団のUさんが、蓑をつけ、これ見よがしのデカイ出刃包丁と桶をもった“なまはげ”の扮装で、なのに顔だけお面なしのスッピンで、「悪い子はいねが〜!」と出てきたのが、あまりにも似合っていたので、写真撮っておこうと自分のD70sを探したが、D60(そんなんあったっけ)とかF70Dとかは出てくるのに、自分のD70sがなかなか出てこない。とうとうそのシーンは写真を撮れず終わってしまい、それどころか寸劇も終わってしまい、誰もいなくなっているのに自分一人、夕陽差し込む廃屋の中でD70sを探し続ける、という、それはそれはオトロシイ夢だった。

 何でそんな夢を見たのか、理由は直ぐに判った。枕元(というか、枕にして寝てた三つ折りにして端にどかしてた布団)に寺崎勉さんの『野宿ライダー、田舎に暮らす』(山海堂)があったからだ。先日、ヤフオクでやっと手に入れた本だ。前から読みたかったのだが、今から8年も前の本なんで、書店にはもはやなく、アマゾンに頼んでいたが変な広告メールばかりで肝心の本は探さず、出版社に直に電話して聞いてやろうかと思っていたのだが(実は、地区労の事務所の近くにあって、争議中にオルグに何度も行っているのだ。世間は狭い)、たまたま先日、他の本2冊と抱き合わせで210円+送料650円でゲットしたのだ。
 読んでみた感想は、「……楽しそうだが。。。ワシには出来ん」だった(爆)。というのも、こうみえても都人でシティーボーイなワタクシ、さすがにど田舎の廃屋を住めるようにしたり、性悪な虫と闘ったり、そういうのはダメなのである。日曜の夜はコンビニで月曜発売のヤンマガで「赤灯えれじい」(きらたかし著)が読めなければダメなのである。「さすらいの野宿ライダー」に絶大な影響は受けたが、この本は影響受ける前に“悪夢”にうなされた訳だから、やっぱり都人(一応、京都のしかも今の京都より古い都出身)でシティーボーイ(すでに京都にいた期間より東京にいる期間の方が長い)な自分には、ちょっと真似できなさそうである。
 最後の方に出てくる、飼ってた犬が死んで火葬する話しや、ネコが失踪していなくなったり、子猫拾ってくる話しは、犬猫飼った事ある人なら泣ける話だ。寺崎さんは、もしかしたらペット本も書けるんじゃないだろうかとさえ思った。もっとも、ネコに牛乳やるのはよくない、という前カノの主張と反するのだが。。
 今、田舎暮らしや就農とかが密かなブームっぽいのに、この本がその種の本を扱うコーナーに置いてないのは、いささかおかしいんじゃないか、と思えるほどの力作でありました。





バックオフ

f123195dcf2f2ae22d048200e4278696

 XRを買う前は、もっぱら月刊『ガルル』ばかり買っていたのだが、この頃は飽きたというか、あまり買わなくなった。その代わりに目を着けたのが、この『BACK OFF』だ。たまたま近所の本屋に置いてあったので、試しに買ってみたのだが、結構読ませる内容である。前に復刊された『Out Rider』を買ってみたのだが、面白かったのは寺崎勉さんのナチュラル・ツーリングくらいで、あとはオンなのかオフなのか中途半端な作りで、今ひとつだった(昔のアウトライダー読者が、復刊された方はダメだ、という理由はここら辺にあるのだろうか)。その点、『BACK OFF』の方は「DIRT & OFF BIKE MAGAZINE」と銘打っているだけあって、基本的にオフ中心である。記事の中身も、バイクそのものよりも、乗る目的の方に重点が置かれていて、すでにXRを買った自分としては、作戦の企画を色々立てる上で参考になる。
 しかし、この手の雑誌って、大体900円くらいで、買う時は何の気なく買っているが、何冊も買っていたら結構な値段になる。だから、毎月真面目に買うのではなく、一応は立ち読みして、どうしてもじっくり読んでみたい記事が3つ以上あったら買って帰る事にしている。





搾取される若者たち?

 阿部真大の『搾取される若者達ーバイク便ライダーは見た!』(集英社親書)を買ったのはちょっと前の事なのだが、最近流行の格差社会本の中では異色ともいえる「バイク便」の世界を題材のしていたので興味を引いたのだ。というか、実はあまりに収入が悪いので、バイク便のバイトでもやろうかなーと思ってた矢先にこの本を見つけたのだ。読んだ結果、「やっぱりやーめた」と思わせたのが、この本の第一の功績である。
 ただ、この本を読んだ感想としては、この本の帯に書かれている「広がる不安定雇用と新たな搾取の実態」というところまでは、バイク便の世界を描き切れてないんじゃないか、と思った。というか、バイク便の世界ってのは、「働けども貧しい」という様な世界なのだろうか(これはバイク便が食える商売で彼女の親に結婚申し込んでもNoと言われない、という意味でなくて、いわゆるワーキングプアというところまで行ってる風に描ききられていないという意味)。この本を見る限りはそうは見えないのである。自分の様に、クビ切られて3年も闘って、僅かな解決金で職場復帰もならず、手に職がありながら歳食ってるせいで再就職もままならず、で、結局バイク便の世界に流れた、という様な話しであれば、再出発不能の格差社会のある部分を描いた本になったかもしれない。しかしこの本は、バイク便の世界と文化、そこにいる人達の特徴を描いた本であって、バイク便という仕事が搾取構造になっているところまでは描けてない。どっちかというと、好きな人が好きな仕事をしている、という風にしか見えないのだ。
 ただ、この本の本当の狙いは、好きな仕事に没頭するワーカホリックとそれを非人間的に利用する経営=資本家の関係において、労働者がすり潰されていく恐怖と現実を描いているし、それらはホワイトカラー・エグゼンプションや過労死といった、格差社会のもう一つの特徴の部分の性質である。この本は、バイク便の世界を題材に、もともと好きだった仕事が次第に責め具になるさまを描き、その陥穽に陥らぬよう警告を発しているのだ。面白いな、と思ったのは、多くの格差本が格差をまるで自然現象のように、「やむを得ぬもの、その流れの中でどう生きるか」というテーマで書かれているのに対して、この本では最後に労働組合の存在を示し、団結こそが状況打開の手段である事を示唆している。
 この本は、そうした社会学の側面もさる事ながら、バイク便の世界のでバイクやバイクの乗り方の「格好良さ」の基準も紹介されていて、とても楽しかった。実際、自分もXRに乗っている訳だが、確かにカウル付きのオンロードバイクよりもすり抜けはしやすいのである(笑)





マジック・ライディング

31c84ada920c51a407d62c2de651556b

 今日、バイトの帰りに神保町の書泉グランデで、小林直樹の『マジック・ライディング』を買ってきた。1260円のところを500円の図書カードがあったので760円。どうやら昔、月刊ガルルで連載されていたのを本にまとめたものらしい。前から気になっていたのだが、いよいよ必要に迫られる格好で買う事になった。
 スクールで実際に教えて貰いながら練習するのが良いに違いないと思うのだが、そうそう時間的余裕もないし、だったらまずは本でも読んで、知識として色々知っておこうかと思ったのである。こないだの初林道でも、あえてニーグリップはしない、とか、下りはリアブレーキで、みたいなのは、ネットでつらつら見ている内に頭の片隅に覚えていた事を思い出し、実際にやってみて何とかうまく切り抜ける事が出来た。だから座学と言えどもバカにしちゃいかんと思う訳だ。
 さっそく、帰りの電車でパラパラ読んでみたが、「これが出来たら楽しいんだろうなぁ〜」と率直に思った。というか、やってみたい。書いてある事は、トライアルとかスーパークロスとかで使う様な超人的な事ではなくて、普通に悪路(悪路に普通もへったくれもないが)を走破するのに必要と思えそうなテクニックばかりである。出来ないよりは出来た方がいい、というよりも、出来る様になれば、こないだみたいにビビリながら走るって事はなくなるだろうと思った。
 まぁ、1回2回読んだくらいでは頭に入らないと思うので(前に買った「オフロードバイク完璧メンテナンス」もまだ読んでる)、雑嚢に入れてヒマがあったら目を通す様にしよう。





最新コメント
Archives
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ