たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

感想文

『夫の扶養から抜け出したい』

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 「おまはんは一日何しとるんや」と言うのは、自分が嫁さんに一番よく言う小言である。嫁さんは今時珍しい完全専業主婦である。我ながら嫁さんに専業主婦やらせてるのは凄いな、と思う反面、その鮮魚主婦が一日中、ゴロゴロネットして遊び呆けとるか、昼寝しとるか、そんな風に思えない時がしばしばある。廊下に落ちてる嫁さんの抜け毛や埃、雑草ぼうぼうの庭、風呂場や便器の水垢、いつまでも干しっぱなしの洗濯物、昼前から始める洗濯、雨水で汚れた窓ガラス、起こさんといつまでもフカみたいに寝てる、、そう言うのを見てると、「オンドリャ、一日何してけつかる!」と思うのである。
 実際の所は、色々やっている。掃除に洗濯、部屋の片付け、あれやこれや、いろいろやっているのであるが、人間と言うのは粗の方が目立って見えるもので、姑めいた目線でしか見れないことが多い。特に、体や心が疲れてたり、物事がうまく運ばなかったり、要するに、気持ちに余裕のない時に、そうなる傾向が強い。小言をタレつつ内心では「何年かしたら仕返しされるかもなー」とか慄いた気持ちにもなるのだが、やっぱり小言が口を突いて出てしまうのである。
 この作品を読んで、旦那さんの気持ちもよく分かるが、「そらあかんやろ?」と思う事も多々あった。働かせに行かせながら、仕事も育児も家事もパーフェクトに、と言うの無理がある。稼ぎが少ない事を責めるのは不当である。ましてや、同等に稼いで来いと言うのは暴言以外の何物でもない。それがために、主人公が扶養から外れれるほど稼げる様になった時、捨てられそうになったいる。稼ぎ頭としての意義を自ら放棄したのだから。
 嫁に、特に小さい子がいる母親に働きに出ろ、と言うのは、世の中が悪政でデフレでブラックといった事情があったにせよ、男の甲斐性の無さを物語るものである。一所懸命やってるのは間違いないと思うし、それでもままならなんから、気持ちに全く余裕がなくて言葉がキツくなるのであろうが、それでも言って良い事と悪い事があるのである。働いて貰わねばならぬのなら、膝を屈する必要があるのだ。
 自分はたにし母から色んな話しを聞かされて育ったのであるが、その中に「『誰に食わして貰ろてる思ってんねん』は男が嫁さん子供に一番言うたらあかんセリフや」と言われてきた。それを聞いてた時は、単に男が格好悪い事言うな、くらいにしか思ってなかったのだが、これは責任の問題であったのだ。それを放言してしまうと言うのは、男の責任を放棄したも同然、と言う事なのである。
 愚痴や小言は言わない方が格好いいが、まぁ、そこまで聖人君子でもないから、文句は言うても良いとは思う。しかし、この作品に出てくる旦那の様な事は、言ってはならないのである。






『SF核戦争後の未来・スレッズ』

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 この作品は1984年のものらしいのだが、自分が初めて見たのは、深夜のテレビだった。すでに「デイ・アフター・トゥモロー」は見ていたのだが、同じテーマでもアメリカ人とイギリス人では作り方が全然違うんだなぁ、と感じたものだ。「風が吹くとき」もそうだが、この作品には救いがない。本当に救いがない終わり方なのである。
 令和の時代が始まって、昭和末期のあの「世界最終戦争が起こる」という世情は、全く理解されなくなった。核兵器は依然として存在し、パキスタンだの北朝鮮だのが開発する様な時代になったが、もはやそれを使った最終戦争が起こるなど、誰も実感してない。あべりょうが歌っている様に、ちょっと威力の大きな爆弾程度のイメージしか持たれていない。
 そういったイメージしか持ってない人にとっては、この作品もホラーなフィクションにしか見えないんだろうな、と思う。まぁ、それでも仕方ない。それでも良いから、全面核戦争が起こったら、どういう風になるのかというのを、この作品を見て是非知って貰いたいものである。
 この作品、長らくディスク化されてなかったのだが(昔、VHSではあったらしい)、この度、DVDとBlue-rayが出たので買う事にした。実はテレビを買い替えて、まだ新しいのが来てないので見れないのだが、一等最初にデカイ画面で見るのはこの作品である。改めて見て、どう感じるだろうか。

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パッケージの写真がショボいのは恐らくキャプチャー画像だから
スチールなんか残ってないんだろうな、古くて





舞鶴引揚記念館

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鬼気迫る黒パン分配シーン

 例年なら帰省は夏にやってるんだが、京都の夏はクソ暑いし、嫁さんの方にも行かなきゃならないんで、夏はちょっとでも涼しい嫁さんの方にして、京都はゴールデンウィーク前半に繰り上げる事にした。今回もトランポで夜通し走って帰省する事にしたので、現地に着いてからの行動の自由度が高い。そこで嫁さんにどこに行きたいか聞いたら、今回も「海が見たい」との事。京都で海といえば、丹後半島なのだが、ただ単に海を見ても詰まらんので、天橋立に行く事にした。
 ところが、あんなとこでも人出は多く、京都縦貫道は渋滞するし、着いたら着いたで最寄りの駐車場は全部満車。とてもじゃないが砂州に近づく事が出来ず、成相寺とか言うとこの高台から見下ろして終了。普通、駐車場というのは、一台いくらだと思うのだが、ここは一人500円だった。商魂たくましい事である。

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日本一 成相山パノラマ展望所
右の方に天橋立が写ってる


 さて、自分はここに来たら、是非行きたかった所があった。それは舞鶴引揚記念館である。舞鶴と言えば、海上自衛隊の軍港か、岸壁の母くらいしかイメージがない。しかも、自分が小学生の頃に護衛艦見に行った時は、引揚記念館などまだ無かった。話しだけは伝え聞いていたので、日本飯盒協会の会長としては、是非見てみたかったのだ。
 入場料は300円、のはずなのだが、財布をトランポに忘れて、気の弱い嫁さんに入場券買わせに行ったら、「400円ですと赤れんが博物館もご覧いただけます」と押し切られてしまった。
 それはともかく、入場料300円であるので、それほど大きな博物館ではないのだが、自分的には見応え充分。やっぱり現物を見るのは良いものである。ただ、若干不満があるとしたら、シベリア抑留での「民主化運動」の事はほとんど触れられておらず、わずかに日本しんぶんの展示があった程度。まぁ、諸々問題があってやれないんだろうな、と察しておいた。

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こじんまりとしたモダンな建物
駐車場は広くて、余裕持って停めれました

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ラーゲリの再現コーナー
気温も再現してくれたら、悲惨度がアップしたのに

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展示品の一角を占める「生きるのに必需」な品々


 大型連休2日目の舞鶴は、様々な催し物があった様で、軍港では艦艇の見学もやっていたし、赤レンガ倉庫ではトライアルのデモ走行もやっていたのだが、天橋立で余計に時間を取られたせいで、これらは見て回る事が出来ず、引揚記念館と抱き合わせで料金払った赤れんが博物館を最後に見学した。
 元は海軍の魚雷庫だった建物を活用した博物館なので、海軍関係の資料館かと思ったら、文字通りのレンガの博物館で、古今東西のレンガ(の遺物)が収集されていて、古代メソポタミアの粘土板(しかも小言書いてあるやつw)や、アウシュビッツのレンガまであったのには驚いた。
 まぁ、世の中には色んな興味を持っている人がいるし、その中にはレンガに興味持っている人もいるだろうから、そんな人には嬉しくて堪らないであろうが、あいにくレンガにはそれほどの興味がないので、ほほう、くらいにしか思わなかった。まぁ、引揚記念館で飯盒に興味示してたのが、自分くらいしかいなかったのと同じである。

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赤れんが博物館
門がちょっとアウシュヴィッツっぽい


 さて、引揚記念館で土産物を買ったのであるが、この土産物のラインナップに不満があった。バームクーヘンだのタルトだのクッキーだの、さらには海軍カレーだの、そうしたものでなく、どうしてロシアの黒パンとかスープの素など、シベリア抑留にちなんだ物を置かないのか。成城石井にだってあるのだから、置けない事はないだろうに。赤れんが博物館も同様で、レンガショートブレッドとか粘土板チョコなどおけば、面白がって買っていくのではなかろうか。舞鶴だからと言って、直接海軍に関係ない施設まで、海軍がらみの品物置く事はないのにと、ちょっと残念であった。黒パンとスープの素は、是非とも実現して欲しいものである。

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舞鶴引揚記念館で買ってきたお土産
引揚なんだから海軍はあまり関係ないだろうに

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全然関係ないけど、静岡のサービスエリアで売ってた
やきとりの巨大缶詰
こういうのには惹かれてしまうw






明神そば

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 自分は関西人のくせに、ウドン派でなく蕎麦派である。しかも関東の色の濃い汁の蕎麦が好きである。中でもかき揚げそばが好きなので、どの店に入っても、かき揚げ蕎麦しか頼まない。つまり、蕎麦とかき揚げでその店の良し悪しを判断するのである。
 職場の近くの御茶ノ水駅脇の明神そばは、もうかれこれ15年以上、断続的に食べているのだが、ここの何が良いと言っても、かき揚げが分厚くデカいのだ。これが非常に嬉しい。実は昔はもっと分厚かったのだが、値上げ出来ない分、少々薄くなってしまった。それでも他所の店よりも全然分厚い。かつ、サクサクした食感でとても良い。中にはぺったんこでお好み焼きみたいなかき揚げを出すところもあるので、それと比べたら非常に美味しいのである。
 蕎麦自体の味は、最初のうちはあまり好きになれなかった。昆布の風味が強く、鰹出汁に慣れてたからだ。それでもかき揚げの分厚さに惹かれて食べてた様な面がある。昔は、秋葉原の安曇野という駅そばが大好きだったのだが、駅舎の改装で無くなって以来、安曇野に匹敵するかき揚げの分厚さは、明神そばくらいしかなかったからである。もっとも、蕎麦の味も5年もしない内に慣れてしまった。
 自分が明神そばを食べるのは、新橋の馴染みの床屋で散髪した時、と決めている。出勤までに時間があるからである。今日も立寄ったのだが、自分の前の客が蕎麦2倍を頼んでて、何だか羨ましくなった。昔だったら2杯くらいペロンと食べたのであろうが、今は1杯でお腹いっぱいである。










『移動都市/モータル・エンジン』

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 この映画はまったく何も知らなかったのだが、たまたまYoutubeで予告を見て惹き込まれた。巨大な都市が地上を疾駆すると言う絵面は、それだけで迫力がある。
 話しの中身は、昔の戦争で文明が崩壊して、生き残った人が縮小再生産の生活を送る中、悪い奴が昔の技術を復活させて世界を支配しようと目論むものの、主人公たちによってその技術もろとも滅ぼされる、と言う定番のもの。その意味で、この作品も目新しさは全然無い。そこで繰り広げられるドラマも、そのプロットの上に乗っかっている以上は、他の作品と大同小異である。
 この手の作品の大なる魅力は、やっぱり舞台装置なんだと改めて感じさせられた。この作品で言うなら、ロンドンを始めとする移動都市や空中都市、楯の壁といったものである。実はこの映画を観ながら、ずっと「この都市の動力や耐用年数、建造費はどんなんだろ」みたいな事を考えてた。その意味では、本作の前日譚の方が興味があると言っても良い。同じ様なことは「風の谷のナウシカ」でも感じてたりするのだ。
 しかし、あんな巨大な都市を動かすテクノロジーって凄いなと思う。そんな凄いテクノロジーがあるのに、都市同士が共食いする様な生き様しか出来ないと言うのが悲しい。量子兵器を復活させても、それを生産力に回すのでなく破壊力にしか回す能しか無いところが救い難い。ここまで荒んだ精神になってしまった経緯こそ知りたい、と思う訳である。
 この映画、そんなに評判が良く無いとの事だが、自分は結構楽しめた。と言うか、映画のストーリーを楽しむと言うより、その世界観をあれこれ考えるのが楽しい。おそらく、映画では描ききれなかった事が原作には書かれているのだろうから、一度読んでみたいものである。








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