たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

野営

股間焦げる

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 昨日、オプティマス00をいじくってた時の事だ。せっかく取り寄せたポンプロッドが旧タイプだったらしくて、ロッドのノブがネジ式だったのは良いのだが、問題は新タイプはまさかの捩じ込み&接着。やっとの思いで外して、「これじゃ付けられないじゃ〜〜〜〜ん!」とガックリきてたのだが、45のノブはネジ式だったので、それを取りあえず変わりに付けて対応。しかし、気持ちがテンパってたのか、ポンピングテストをしたあと、圧を抜くのを忘れてセンターキャップを外してしまい、灯油が溢れ出る事態に。上手い事いかずにイライラマックスになっていた。
 とりあえず、取り寄せたポンプロッドは使えるし、革カップの方が調子良い事が分って、やれやれホッとしたその時だった。おもむろにオプティマス00がこっち側におじぎして、そのままひっくり返り、全力強火のバーナーヘッドが股間のスウェットの上に落ちて来た。20数年、この手の趣味をやってて、大概な目には遭って来たが、これは初めての体験である。たちまちスウェットを突破するサイレントバーナーのキャップ。キャップが落ちたあとは、理科室のガスバーナーみたいな火になるんだなー、と頭の一部で思いつつ、ともかく火の燃え盛るストーブをどうにかせねばならない。咄嗟にタンクを掴んでPCラックに置き、減圧弁を解放。火は立ちどころに消えた。
 が、熱々のバーナーキャップとそのインナーは、パンツの股間の上を転がり落ちて、スウェットの左足の方は降下中である。熱いのとビックリしたのとで、ワーキャー言いながらスウェットを脱ぎ捨てた。その弾みで、バーナーキャップとインナーはスウェットの外に放り出され、地面のカーペットの上へ。まだまだ熱々なので、カーペットを焦がしてたが、それどこではない。取りあえず、股間と足の点検。フクラハギにちょっとだけ火傷しただけで(無視できるレベル)、バーナーヘッドが直撃した股間は奇跡的?にも無事だった。
 そうなった原因は、こぼれた灯油が噴き残しがあった事、ケロストの足がそれに滑ったこと、らしい。損害は、股間に穴が開いたスウェット、股間部分が焦げたパンツ、以上。オプティマス00は無事、もちろん自分も無事。まぁ、部屋のカーペットが一部焦げたが、その程度で済んで良かった。
 しかし、よくもまぁ、咄嗟に減圧弁を開いて消火できたものである。





過去との対話

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 オプティマス45のレストアがまだ途中の時、試しで湯沸かしをしてみたのだが、2リットルの薬缶を沸かすのに24分経っても沸騰しきらず、とうとう諦めたという事態に直面した。確かに気温も低く、微風があって、風に弱いケロシンストーブには不利な条件である。ケロシンストーブはガソリンやガスに比べれば火力が弱いと言われているが、コールマンのフェザーストーブなら12分もあればボッコボコに沸騰するのに、これでは使い物にならんではないか、と感じた。
 しかし、植村直己は最後の最後までケロシンストーブを安全上の理由で使っていたというし、さらに遡れはヒラリーやアムンゼンといった探検家や登山家も、ケロシンストーブを使っていたのである。まぁ、アムンゼンくらいの時代になると、他にポータブルストーブが無かったという事情もあったろうが、にしても、こんな使い物にならんもので甘んじていたのかどうか、かなり疑わしい事になってきた。他に使える物がない、あるいはガソリンより安全という理由で、ぬるま湯しか作れないストーブでも、有り難がって使っていたのであろうか。
 結論からいうと、定格の性能を発揮する様になったオプティマス45は、それほど性能の悪いストーブではなかった。2合の飯を炊くのに、強火で約4分、弱火で約4分半。2リットルの薬缶を沸騰させるのに約14〜15分。この数字は、コールマンのガソリンストーブより10〜15%ほど火力が落ちているだけの数字である。風除けを工夫しても風の影響を受けない訳に行かない分のロスの様なものである。つまり、当時においても現在においても、十分に使える道具だった、という事である。なるほど、そうでなければ廃れてたっておかしくはないのだ。
 今回、期せずしてケロシンストーブのレストアをする事になったのだが、その過程で、このストーブが特許を取った126年前まで軽く想いを馳せる事が出来たのは、今回のレストアの一番の成果だったと思う。イギリスの史家、E.H.カーはその著書『歴史とは何か』の中で、「歴史とは、現在と過去との対話である」と繰り返し述べているのだけど、今回のレストアを通じて、自分はほんの少し、過去と対話出来た様な気がする。レストア済みのものを買っていたら、この体験は出来なかったろう。





レストア中間報告

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 10月15日に古いオプティマスNo.45が届いてから、ずっとレストアの日々なのだが、ようやく昨日、定格通りの火力を発揮するところまで持って来た。まだ作業が終わった訳ではないのだが、ここまでのレストアと初めてのケロシンストーブの使い勝手で感じた事を雑記しておく。
 まずレストア作業であるが、それをやる事に直面した時は、非常に面倒くさい感じがして、下手をつかまされた気分になるのだが、作業そのものはそれほど難しいものではない。工具があって段取りが分れば、どうにも手がつけられないほど難しいものではなかった。もちろん、ネットで情報を集めたり、日本飯盒教会のフォロワーさんからの手厚いアドバイスがあったればこそで、それがなかったらここまで持ってくるのは無理だったろう。
 不完全ながらも使えるレベルまで持って来たのだが、実際に使ってみての感想は、風に弱く火力が弱いなぁ、という事だった。具体的には、2リットルのヤカンを沸かすのに24分掛かってもボコボコと沸騰しない(コールマンのフェザーストーブなら約12分でボッコボコ)、2合のメシを飯盒で炊く場合でも、強火5分弱火6分で、強火も蓋が持ち上がるほど沸騰しない。そして弱火もうっかり弱過ぎたりすると、風で直ぐ火が消えてしまい、慌ててマッチで再点火しなければならない。火力云々の使い勝手でいうなら、コールマンのガソリンストーブの方が全然が安心してメシが炊けるし、湯も沸かせる。これらと比較するなら、確かに火力が弱いという事になる。
 しかし、比べる対象が間違っているのではないか、という事に気が付いた。ケロシンストーブが特許申請したのは、1889年の事である。今から126年も昔である。それに対して、コールマンの442や550は1980年代の製品である。ケロストに対して、軽く100年後の未来の製品なのだ。蒸気機関車と新幹線の違いなのだ。そりゃ、性能が劣って当然である。しかし、今でも蒸気機関車のファンは多いし、ケロシンストーブもまた然りなのだ。
 その魅力については、ここでは一々述べないが、大事な事は、126年前の目線を持つ必要がある、という事だ。そうでなければ、このストーブを現代においても活用する事は出来ないのではなかろうか。それを踏まえた上で、出来る限り現代製品に近い性能を引き出す工夫とか、使える条件とか環境とか、そういったものを見出せば良いのではなかろうか。別に、新幹線を蒸気機関車の代替として使おうとする必要はないのだ。

 と、偉そうな事を書いた訳だが、実はがっかりした結果、自分の中で折り合いを付けたのが上記の考察である。本当は、自宅のガスコンロの代わりにこれが使えたら、道具も無駄にならず、ガス代も浮くだろうと考えたのだ。まぁ、ガス代の方が安そうだから、道具を使える事の方が大事だったのだ。実際、飯盒は飯盒で炊いた飯の方が美味いので、炊飯器を片付けさせる威力を発揮した。それに近い事をケロストにも期待したのだ。ただ、その期待にケロストが応えそうにないので、目線を下げただけの事である。
 なので、あくまでこれは趣味の道具、現代的な実用に供するにはチトしんどい、と考えるべきである。





陸軍のボウル


 Armeyskiy kotelok(露:Армейский котелок)というのは、ロシア軍の飯盒の事で、直訳すると「陸軍のボウル」となる。ボウルというのは、あの半球の丸いやつを思い浮かべるのだけど、欧米では火に掛たりするボウルもあるのだろうか。ともあれ、ロシア軍は第二次大戦時のドイツ軍の飯盒を丸々コピーしたやつを使っているのである。(その経緯については、他のサイトでも紹介されているので省略)
 いわゆる空豆形の飯盒という事で、形的には日本の飯盒とアルミースキー・カチェロクは共通してるのだけど、使ってる動画を見ていると、完全にソロクッカーとして機能している事が判る。大抵は、飯盒本体でお茶沸かしたりスープ作ったりし、蓋で卵やハム焼いて、パン食って、という流れである。主食であるパンを別個に持っているから、副食だけの心配をしたら済むからである。日本の飯盒は、主食と副食を現地で炊事する必要があったため、どうあっても飯盒2個で二人分、という使い方をしなければならず、ソロクッカーとしては大きい図体となった訳だ。(旧ドイツ軍の飯盒は、日本の飯盒よりも一回り小さい)
 実をいうと、日本以外の国の空豆形の飯盒を、実際どんな風に使っているかは、今まであまり知らなかった。今回、たまたまロシアの飯盒をアウトドアで使っている人の動画を見つけて(これがいっぱいあるw)、食文化の違いで機能も大きく異なるんだなー、と感じたのだ。また、「飯盒=メシを炊く」という、日本独特の観念からも少し脱却して、たまにはデカイ黒パンとか持ってっても良いかなー、と感じた。なんか、宮崎駿のアニメに出てくる食い物的な美味そうさを感じたのだ。







飯盒に惹かれたワケ

 明治三十六年五月、公大阪に下り給ひし時、家従を随へて其地の砲兵工廠を巡覧あり、楠瀬中将(幸彦、時に少将)其堤理として親しくご案内申上げたり。公は天主閣の址に登らせ給ひて、今昔の戚に堪えざる御様子なりしが、やがて工廠内に入られ、職工の作業を仔細に御覧あり、たまたま製作中なりしアルミニュームの飯盒を見て、種々堤理に問はせられければ、堤理は飯盒一個を取り上げて、其側に記せる下の線まで米を容れ、上の線まで水を充たして炊くことをも、精細に説明申上げたるに、公は其一個を所望されれ、帰京の後、居間の火鉢にて親しく炊き試み給ひしに、日頃の食事にも勝りて極めて美味なりければ、やがて堤理にアルミニュームは人体に害なりや否やを聞合されしに、そは軍隊にて用いて程もなく、精しき試験もなさざれば、害の有無は確証すること能わざるも、銀ならば無害を証すとありければ、公は銀塊を大阪に送り、堤理の指揮にて製作せしめたるが、程なく成りければ、公は喜びて、日々の食事を親しくそれにて炊かれしといふ。此時公は鄭重なる挨拶状に、御自筆の短冊を添へて堤理に贈られたり。

(徳川慶喜公伝. 巻4 渋沢栄一著 第三十五章 逸事 日常生活)

  「元大君なのに、もうっw」とツッコミを入れたくなるエピソードなのだが、この話しは、歴史マニアだけでなく、アルミニウム業界でも語られる話しの様である。しかし、同じ飯盒愛好家として、太字で示した部分は、非常に共感を持てる。自分だって、「たまたま」飯盒だったのであり、それで上手に炊けた飯は「極めて美味」だし、結果、毎日飯盒で飯を炊く様になった。
 前回、飯盒は日用品であって、特段の意義も思い入れも実はない、という事を話ししたのだが、もし意義なり思い入れがあるとしたら、美味いご飯が炊けるから使っているのである。オカズも作れない訳ではないが、フライパンとか使った方が美味く出来る物に関しては、そちらを使っているのである。
 しかし、飯盒で炊いたご飯が美味くなければ、そんなに積極的に使おうという感じにはならない。というのも、自分は野宿ライダーを目指そうとしてた20代始めの頃に、その教祖的ライダーの人の本に「弱火で炊く」と書いてあるのを20年近く墨守してきたのだが、その間、毎日飯盒で飯を炊こうと思うほど、美味い飯が炊けずに来た。最近になって、ようやくその誤りに気が付いて、美味い飯を炊ける様になって初めて、「日々の食事をそれにて炊く」様になったのだ。
 してみると、慶喜公に飯盒の使い方を精細にご説明申し上げた楠瀬中将は、恐らく炊き方も精細にご説明申し上げたのだろう。結果、慶喜公は普段食べてるご飯よりも美味い飯を食べれただけでなく、「自分でも炊ける」様になったのだ。そりゃ、嬉しかっただろうと思う。慶喜公が火鉢に飯盒を掛けたのと、自分がベランダで飯盒使ってるのは、まったく同一の理由なのである。
 にしたって、毎日でなくたって良いだろう、って話しもあると思う。まぁ、食事は毎日の事であるから、飯盒を使う立派な理由にはなるのだが、ただそれだけではない。上手く説明できないが、飯盒でご飯を炊いている10分そこらの時間は、他に何もしない(というか出来ない)、ただ飯盒とストーブの火だけを見てる時間である。ある種のリラクゼーション効果でもあるんじゃないかと思う。もっとも、これは自分が勝手に感じてるだけで、眉唾ものだと思ってもらって差し支えない。

 ところで、こんだけ飯盒好きなんだから、自分も慶喜公にあかやって、銀製の飯盒が欲しくなった。で、色々調べてみたら、京都の清課堂という銀細工の工房が、銀製の飯盒を作った事を知った。一体値段は幾らするのか、清課堂さんに問い合わせてみたところ、丁寧なお返事が来た。

さて、お問い合わせ頂いた銀製飯盒についてお伝えいたします。
 
丸形の銀製飯盒
価格:40万円〜(税別)
納期:約50日
 
空豆型の兵式飯盒
価格110万円〜(税別)
納期:3ヶ月〜4ヶ月 
工房の混み具合にもよりますが、
丸形に比べるとかなり手間がかかるため、お時間がかかります。
 
なお、価格が”〜”となっておりますのは、
サイズ・厚みによってお値段がかわるためです。
 
どうぞご検討のほどよろしくお願いいたします。

 ごめんなさい、ちょっと手が出ませんwww 恐らく、飯盒で飯炊く以外の理由でアルツハイマーになると思うので、貧乏タレの自分はアルミニュームので良いです(汗)


清課堂さんのHPから拝借

慶喜公が作らせたのは、いわゆる空豆型の飯盒だったと思う

日用品たる飯盒

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 即ち飯盒は背嚢に着けてある時は何用に為すかといふと米櫃と弁当鉢の用を為し、弁当鉢としては二合分米櫃としては五合分を容れ、之で飯を炊くに当たっては先ず枡を代用し次に磨ぎ桶となり、それから釜となって飯を炊くので、飯が出来ると椀にもなり皿にもなり飯櫃になるので、尚又早代わりして鍋になって汁を作られると思うと、鉄瓶に化けて湯を沸かし、茶を煎じて茶釜となり急須となり、それかと思うと水を汲む桶ともなり酒を癇する徳利ともなり、其他頗る広く用いられるのであるが、陣中とはいえ此飯盒は如何にも多くの便益を為すではないか。(松本恒吉著『征露土産』)

 上記は、日露戦争に従軍した軍人が、「飯盒って、色々使えて便利でした」と懐古した一文なのだけど、自分も誠に同感で、18歳の夏に上京して以来、一時の断続はありこそすれ、飯盒を切らした事がなかった。下の写真は、今、自分が自宅で使っている調理器具一式なのだけど、作れと言われたら、これで大抵の物は作ってしまう。まぁ、自分がやれる範囲なので、もちろん出来ない事もあると思うが、日々暮らしていく上で、まったく不便を感じた事がないのである。
 飯盒みたいなもん使わないでも、もっと他にあるでしょう?とはよく言われる。実は自分も、大抵の鍋釜の類いは使って来たのである。片手の雪平鍋も、両手のホーロー鍋や文化鍋、中華鍋、長方形の卵焼き器、色々である。しかし、結局のところ、飯盒とフライパンとヤカンにボールに集約されていった。
 たしかに、飯盒は色々な事に使えるが、完全にオールマイティという訳ではない。オカズを作るのはフライパンの方がやり易いし、卵とかソーセージ焼くのもフライパンの方が便利である。お茶の作りおきはヤカンの方が容量があってやり易いし、サラダ作ったりオカズの具材を切り分けて置いとくのはボールの方が便利である。それ故に、飯盒以外にも、こうした道具を揃えているのであって、飯盒を愛好しているからといって、何が何でも飯盒だけで暮らそうなどという、不便をかこつ気はサラサラないのだ。
 じゃぁ、なぜ飯盒なのか。それは、フライパンを使うまでもないもの、ラーメンやパスタ、ソバなどを煮たり湯がいたりしたり、汁物作ったり、そうした鍋の役割を果たす他、フライパンで作った大量のオカズを入れて冷蔵庫で保管するフードコンテナの役割もある(これが極めて収まりが良い)。最近は、直火で炊いた飯があまりにも美味くて、炊飯器を使う気にならなくなったから、飯炊き用とオカズ用で飯盒を2つ運用する様になったくらいだ。
 ここまで書いても、「どうして飯盒を日用品として使ってんだ?」と食い下がる向きがあるだろう。ぶっちゃけ、日用品だけに、大して意味も意義も感じずに使っているのだが、それは18歳からこの方、いつも飯盒があって、他の鍋釜と使い比べた結果、飯盒の方が使い易かったから、という他ない。狭い、限られたスペースしかない台所で、もっとも簡潔かつ効率的に使えたのが、飯盒だったという訳だ。これは、せいぜいキャンプや林間学校でしか使った事のない人や、軍装品だと思ってる人には、ちと理解できない感覚だと思う。
 それでも、どうしても飯盒を使う意義を見出したい、という事であるならば、飯盒は本来は野外で使うものであり、かつ差し迫った状況で使われる物だった、という事を思い出せば良い。飯盒(特に兵式飯盒)は、震災の復旧時に役に立ってくれるものである。そうなった時に、普段から飯盒があり、飯盒を使っていれば、まごつかずに済む。まぁ、そんな場面にそうそう出くわすものではないが、最近流行のチャチなソロクッカーなんかよりも、遥かに役立ってくれるはずである。

 と、まぁ、ここまで書いても、アンチな人はいると思う。別に飯盒使う事を強制するものではないし、不便に感じるなら使わなければよろしい。それが日用品の定義であると思う。






軍袴

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 軍袴というのは、旧日本陸軍の軍服のズボンの事である。その軍袴は、今みたいにベルトで腰に固定するのではなく、腰の両側から生えている、約1.5mほどの紐で固定する。具体的には、まず前でクロスして、後ろに回して後ろでクロスさせ、また前に持ってきてヘソの下で結ぶか、そのままクロスして、剣道着の袴の帯みたいに、紐に巻き付けて固定する。独特な着方をする衣服なのである。
 さて、事件が起こったのは、今朝の東京駅。浜松町の国際貿易センターで開催されるVショーに向かう途中の事だ。昨日の晩から、やや腹を下し気味だったのだが、東京駅で停車中に、急に下腹がギュルギュル言い出したのだ。出来ることなら、浜松町まで辛抱したいところだが、信号停止なのか全然電車が発車する気配がない。風雲急を告げる下腹。このままでは車内で大惨事を迎えるに違いないと咄嗟に判断し、直ちに下車。エスカレーター上がった先のトイレに急行した。もはや、ガンバレ!括約筋!状態である。
 しかし、こういう時に限って、お約束の様に大便所は二つとも先約済みだったりする。しかし、もはや一歩も動けない状態である。イライラを通り越してヒヤヒヤしながら、待つ事3分。今回は幸いにも前の奴が出て行った。ここからが寸秒を争う修羅場である。
 まず、帯革(装備を押さえる革のごついベルト)を外し、肩から下げた雑嚢をドアにぶら下げ、ようやく軍袴の紐を緩めにかかる。ところが、長ったらしいだけになかなか緩まない。しかし、便器を前にもはや括約筋は頑張る意志がない。紐でまごつき手間取る自分を無視して、ケツの股に堤防決壊が始まった。もはや半泣き状態である。
 ともにもかくにも紐をゆるめ、前ボタンをはずして、ようやくしゃがめたのであるが、そりゃもう、開放感よりも憤怒と絶望感の方が勝っている。一体全体、どうして帝国陸軍は、こんなややこしいズボンを設計したのであろうか。よく南方戦線でアメーバ赤痢に掛かって垂れ流しになる兵隊の話しを読むが、便所に手間云々の前に、軍袴の紐を外す手間が惜しいというか間に合わなかったはずである。自分だって、垂れ流し直前(というか、ちょっと垂れた)までいったのだから。
 何が言いたいのか、というと、自分はそこそこのミリタリーマニアで、旧軍の事もそこそこ知っているが、服の着方までは今回着てみて初めて分ったのだ。やってみない事には、当時の人がどんなだったか、理解する事は出来ない。ただでさえ、面倒くさい紐なのであるが、緊急事態に際しては、破滅的な状況を招来する事もある訳で、それを回避する為には、普段から慣れておく必要があるのを、いたく感じ入ったのである。
 物事は、表面から見てたのでは、決して分らないのだ。





耐ガソリン液状ガスケット

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 コールマン550Bのカラーを修正するので、ガスケットで固めたジェネレーターを外したのだが、再度組み直すにあたって、前回使ったキタコのTB1207Bを買いに行ったら、売ってなかった。仕方なしに、デイトナの耐ガソリン液状ガスケットを買って帰ったのだが、これがTB1207Bよりも緩い液状で、乾いてもふにふにしてて、ガソリンが滲んで来る。改めて塗り直したのだが、やはりダメそうである。
 塗り直しの際には、あえて厚塗りにしたのだが、乾いて来るとビックリするほど肉引けしていた。ところが12時間くらいでは完全に硬化しないのか、点火したらジェネレーターのつなぎ目がプクーッと膨らんできた。そもそも全然柔らかい状態である。
 とりあえず、TB1207Bを探したのだが、販売元のスリーボンドにはあるものの、100gもの容量で流石に使い切れない。たった10gだって9gほど余ったのだ。しかし、これしか使えないとなったら、諦めて買うしかないのだろうか、、、と思った時だった。キタコがTB1207Bの10gをラインナップから外した時、その代替になるものを用意したに違いない、と考えたのだ。
 そこで見つけたのが、キタコ液状ガスケット 5g KC-027という奴。これはたしか近所の2りんかんにも置いてあった。レビューを見ると、TB1207Bの様に乾くとゴム状になるらしい。色も黒らしい。値段も400円くらいだし、これを試してみるか。。





フィールダーに載りました!

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 先日取材を受けたアウトドア雑誌、フィールダーに載りました。一応、アウトドア雑誌なんですけど、いきなり表紙は口で魚の皮剥いてるし、表紙開けたら、頭から蛇に食らいついてるし、何でか虫食う話しになってるし、携帯天幕で瀬降り作ってたりと、アウトドアというよりサバイバルとか自活自戦みたいな展開。どうみても自分が浮いてるというか、場違いというか、こんな雑誌がどうしてウチんとこに取材に来たんだろ?と改めて思う誌面構成。……なんだけど、自分のページ以降は、かなり文明臭のする記事に変わっていた。つまり、どうやら自分のページを境に、未開生活と文明社会がくっきり分かれる構成になっていた様である。よく練られた編集のされ方してるなー、と感心した。
 見方を変えれば、ハードコア路線の人からソフトプレイ路線の人まで、そこそこ満足できる内容である。まぁ、いきなりゲテモノ系が来てるのは、ショック商法みたいなところがあるのかもしれない。見本誌を送られて来た時は、「こんな人らの企画に対抗するとしたら、ヤシガニとかワニとか捕まえて海水で煮るか、ヤシの木倒して芯からデンプン取ってサクサク作るか、太平洋スープと称して海水飲むくらいしか対抗できない」と思っていたのだが、そもそもそういうガダルカナルやニューギニア戦線チックな事は他の人がやってるので、自分には求められてなかったわけだ。
 今のアウトドア用品って、ホント良く出来てると思うのだが、出来が良いだけに、困ったり苦労する事もあまりなく、直ぐ慣れてしまって飽きてしまう傾向があるのかもしれない。便利さを追求していった結果、簡単になり過ぎて直ぐ飽きてしまう、って感じなのかも。そして、それに飽き足りない人が、あえて不便さや奇抜さを求めている時代なのかもしれない。フィールダーはそうした人向けの情報発信をしてるんだろうな、と思う。まぁ、考えてみれば、敢えて飯盒を使う必要はない訳だしね。もっとも、これを機会に飯盒を使う人がドッと増えるとも思えないのだが。(自分も別に虫食ったりしたいと思わないし)
 ところで、この誌面を見ると、まるで自分一人で取材を受けた様な印象を持ってしまうが、この取材は第4回飯盒オフに来て貰った時のもので、実はもう一人、岡谷曹長殿が居たのである。が、ばっさり切られて存在すら垣間みれない。まぁ、誌面の量の関係もあったろうし、他の企画も一人だけ出て来る構成になっているので、それに合わせる必要があったのだろう。なので、ここで改めて参加してくれた岡谷曹長殿にお礼申し上げます。





体験と再評価


 フィールダー取材でいたく反省して以来、2週間、朝も晩もベランダで色んな熱源を使って飯盒メシを炊き続けたのだけど、その結果、それまで自分がもっていた炊飯方法は、かなり間違っている事に気が付かされた。ついでに、火器に対する印象も変わらざるを得なかった。
 最大の間違いは、蓋を取る事の意味だと思う。自分が炊飯中に蓋を取るのは、重湯が噴き出して煮こぼれ、ストーブや床を汚したり、クッカーの外側を汚すのが嫌だった。それ故に、ガソリンストーブみたいな、やたら火力の強い火器はあまり好まず、ガス、アルコールといった、弱火ができる、あるいはそもそも火力の弱い火器を良しとしてきた。結果として、時間をかけて、蓋取りながら、半煮えメシを作る事が多かった。特に屋外においてはである。芯飯なったり、パサ飯になる理由は、なかなか分らなかったのだ。
 そこで今回、改めて飯の炊き方を色々調べた結果、噴き溢れる原因は、クッカーの容量に対して米や水の量が多過ぎないか(所謂、張り釜状態)という部分が重要である事が分った。飯盒に関していえば、水量線が付いているから問題ないが、アウトドア用のクッカーでは付いてない物が多く、ついつい欲張って2合分入れて、弱火でも蓋が持ち上がる状態を作ってた様だ。
 蓋が持ち上がり噴き溢れるから、蓋と取って息吹きかけて、というのも間違いだった。最初の強火で沸騰させる際に、沸点に達すれば蓋は持ち上がる訳だが、そのタイミングで弱火に切り替える訳だ。そうすれば、それ以上はあまり噴き溢れてき来ない。この2週間で、ただの一度も重湯でストーブを汚した事がないのだ。4合の場合、火力が強いと若干噴くが、それでもベタベタになるほどではなかった。つまり、蓋は始終開ける必要はなかったのだ。
 それでもまったく蓋を開けないか、といえばそうでもなくて、最後の重湯の状態を見る時にだけ開けている。今迄は、蒸らしの為に重湯が少し残った状態を良しとしていたが、これも間違い。重湯は完全に米に吸収させないと、ベタ飯の原因になった訳だ。
 今回の実験で、一番驚いた事は、実のところ、火力の強力な火器の方が上手に飯が炊けるという事だった。具体的には、沸騰までの時間が短い方が、底までふっくら炊けた訳だ。沸騰までの時間は、アルコールストーブが約10〜12分、ガスストーブが約5〜7分、それに対してガソリンストーブは僅かに3.5分ほど。弱火も4.5分ほど。最初はあまりに短くて慌てたが(焦げてるんじゃないかと思った)、実はガソリンストーブが一番美味く炊けた。
 となると、これまで軽さとか便利さだけを重視してきた火器のチョイスも、話しが変わって来た。アルコールでも飯は炊ける訳だが、美味さでいうなら、俄然ガソリンだった訳だ。まぁ、ガスでも火力は強いのだが、季節に左右されないとなると、ガソリンだな、という事になったのだ。
 その様な具合で、今回の連続実験は、なかなか実入りの大きいものとなった。やはり、失敗は何とかの母である。







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