たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

傷病

階段こむら返り

 3日ほど前、そろそろ風呂入るかー、とどしどし階段を降りていたら、左足を階段に置いた途端、ふくらはぎの上の方の中で「ブチッ」という音がして(というか感じて)、音がした部分が差し込む様な感じで力が入らず、うっかり動かすと「うっ」って感じになった。とりあえず、その場に立ってじっとしてたのだが、飛び上がるほど痛いという訳ではない。足も曲げれる。ただ、地面に足をつけて歩こうとすると、音がした部分が痛くて出来ない。さて、何が起こったのか。
 まず考えたのが、肉離れである。ふくらはぎの筋肉の繊維が1〜2本切れたのである。となると、今はまだよくても、数時間後には痛くて歩けなくなる可能性がある。昔、石油ストーブの灯油をスクーターで買いに行って、アパートの前で急ブレーキかけて右足を着いた時、右腰の中で今回の様に「プチッ」という音が感じて、明け方には痛くて歩けなくなったことがある。状況はそれに似ている。
 とりあえず、風呂に入って、痛いところを温めたらちょっとはマシになったが、うっかり立つと痛い。そのまま寝て、朝になって酷くなってたら整形外科に行こうと思ったが、びっこながら歩けはするし、医者に行ってもせいぜい痛み止めと湿布くれる程度なので、行くのが億劫である。
 体というのは、具合が悪くなって初めて健康の有り難みとか、体の構造といったものに気がつくもんだが、今回は「歩く時にふくらはぎの上の部分の筋肉を使ってるんだ」という事に初めて気がついた。というのは、歩く動作の時に、右足を一歩前に踏み出せば、左足は後ろに残されるのであるが、その時足は伸びている。まずその時にふくらはぎが痛いのだ。さらにつま先で地面を蹴って足を前に出すのだが、そのつま先を蹴る動作をする時にふくらはぎの筋肉を使っている。これがまた痛いのだ。だから、腰で左足を持ち上げて、横に振る様に半歩ずつしか前に出せない。右足と腰が疲れるのだ。
 そんなこんなで不便をかこっていたのだが、どうやら肉離れではないらしい。というのも、毎日良くなってきていて、この治り方は肉離れっぽくない。どっちかというと、こむら返りである。こむら返りというのは、大体朝3〜4時頃に、寝てる最中に急にふくらはぎが収縮してなるもんであるが、今回は階段降りてる最中になったのであろう。
 実は今月頭頃から、左足のふくらはぎの調子がなんかイマイチ悪くて、気をつけて歩いてたのだが、なる時はなるもんである。むしろ、月末のWEX勝沼の前にこうなるよりは、早めになっておいて良かった。と前向きに考える様にする。

2021-03-08 11.02.57
新しいタイヤも来たので
足が使えない事には、タイヤ交換できなくて困るのだ









降圧剤が減る

 尿酸値下げる薬が切れたので、さっき、かかりつけの内科に行ってきた。こないだ、女子医大を退院した直後に行ったばかりなのだが、この2週間の血圧の状態を訊かれた。まぁ、降圧剤なしで上が大体平均135、下が85ないし90くらいである。これには医者もちょっと驚いてた。驚くくらいだから、普通なら今頃には降圧剤飲んでなければ145くらいにはなっているのだろう。「入院したのが原因で何か変わったんですかねぇ」なんて言っていた。
 しかし、医者んとこで血圧はかると、上が144であった。まぁ、今日は寒いし、大体医者んとこでは血圧少し上がるし、計り直しもしてくれないし、普段通りという訳にはいかない。この結果を見て、降圧剤を完全になくすのはちょっと不安がある、これからどんどん寒くなるし、そうれば血圧も上がるので、という事で、3種類出ていた降圧剤のうち、朝に飲む1種類だけ続けて飲む事になった。尿酸値の薬はこれまで通りである。
 降圧剤が2種類減るのだから、薬代はこれまでの半分くらいになるのか、と思っていたのだが、700円ほどしか安くならなかった。尿酸値下げる薬が高くて、降圧剤はさほど高くないのかもしれない。それでもまぁ、ほとんどなんもしないで値段が下がったのは有難い事である。もし、このまま続けば、年間で8,400円ほど浮く。猫のエサ2袋分くらいである。こういう時は、マクロな目線で考えた方がお得感が出るもんである。
 しかし、医者が驚くほどに血圧が上がらない理由はなんなんだろ。まず考えられるのは、結構出血して、総量としての血液量が実はまだ回復してない事。なにせ、腹回りも少し減ったのだから、全体的に今は軽くなってるんだろうと思う。もう一つは、入院前に比べると、薄味になっているという事。例えば、仕事から帰ってきて寝る前に食う夕食の豆腐などは、前はどっぷり醤油かけていたが、今は何もかけずに食べている。以前は平気だったものが、今は塩辛く感じたりする。食事の量も病院の患者食で胃袋が小さくなったのか、間食がかなり少なくなった。これは職場に持っていく弁当が相当に充実向上したのも影響していると思う。
 健康のため、というと、なんとなく好きな事を制限して嫌々お付き合いしなければならない印象をもってしまう性分なのだが、経済的負担が減るとなると、ケチな性分なので有り難みが出てくる。せっかく諸々減ったのであるから、うまい事、このまま続けれたらと思う。

2020-12-08 10.08.48
右が今回から減った降圧剤







OMRON 上腕式血圧計 HEM-7120

2020-11-28 13.52.29
 先日、血圧計を使おうと思ったら壊れていたので、急遽買い換えた。というのも、下血&吐血で一気に血圧が下がってしまい、入院中は降圧剤を止めていたのだが、退院してからは自分で血圧を計らないといけないからだ。かかりつけの医者曰く、最高血圧が150にまでなるなら再開する必要がある。もっとも、元の生活に戻ったら、血圧も戻るでしょうってな感じの口ぶりだった。
 そもそも自分で血圧を計る様になったのは、6年前に目眩で倒れたのがきっかけだった。それまでにも事あるごとに血圧が高いと言われていたのだが、それが原因で目眩を発したのか、その時の医者は判断できなかった。目眩とか立ちくらみとかは、基本的には貧血の症状である。しかし、その時も血圧が最高が190以上あり、それ以来、降圧剤を飲む一方で、自分でも血圧を計る様にしていたのだ。
 ところが、降圧剤を飲んでいると、だいたい最高血圧が120〜130で安定している。毎日計っても同じである。毎月薬を貰いに医者に行って計っても同じである。となると、だんだん計るのが面倒になってくる。そうこうしているうちに、血圧計もしまいこんでしまった。で、久々に出して見たら、中で電池が液漏れしてて、それが原因かどうか分からないが、血圧計が動かなくなっていたのだ。電池を抜いておけばこうならなかっただろうが、大体使わなくなると電池入れっぱなしにして、液漏れで壊すものである。
 届いた血圧計で早速計ってみたが、最高血圧は139。徐々に上がって来ている。まだ降圧剤飲むレベルではないが、そのうち、また飲まなきゃならなくなるだろう。そして降圧剤で血圧が安定したら、また使わなくなるかもしれない。その時は電池を抜いてから保管しよう。
 さて、今回取り寄せたオムロンのHEM-7120だが、前に使ってたのより一回り小さくで邪魔にならないのが良い。 機能は計った血圧を若干記録できるが、そんなもの使った事がない。オムロンも色んな血圧計出してて値段もピンキリだが、4000円くらいので十分だと思う。そういえば、前に買ったのもそのくらいの値段だったが、それで6年持ったのだから(実際には最初の3年くらいしかまじめに使ってなかったが)十分もとは取れたと思う。

2020-11-28 13.52.55
右がこれまで使ってたもの
ほんのちょっとの差なのだが、結構邪魔だった










かかりつけの内科にて

 入院中、上の血圧が70〜90代という事で、近所の内科から処方されていた降圧剤は止めていたのだが、今後どうするかについて、医療センターに書いてもらった紹介状を持って、近所の内科に相談に行ってきた。
 まず、血圧を計られたが、上が132になっていた。退院した時は105くらいだったのだ。計った看護師さんも、あれ〜?という感じ。昨日の今日にしては、嘘みたいに上がっているのである。続いて医者と相談したが、吐血で急激に血圧が下がったのだが、今後普段の生活に戻れば、また上がってくるでしょう。とのことだった。ただ、現状で130くらいなら、いきなり再開すると下がり過ぎてしまうかもしれないので、自分で計って140くらいなら飲まなくてもよし、150いくようなら再開しましょう、との事。ちなみに、尿酸値下げる薬は血圧関係ないので続けてください、との事だった。まぁ、この辺りは予想どおりである。
 続いて、今後、今回の様に黒いウンコが出た時、予防的に診てもらう事は出来るか聞いてみたが、これに関しては渋られた。というのも、そのクリニックは、文字通り「定期的に薬もらいに行く内科」みたいなところで、緊急の検査の装備もない事。紹介状書いて提携病院行くにしても、時間がかかる事。だったら、消化器内科のある病院に直接行った方が良い、という事だった。まぁ、もっともな事だとは思うが、今回みたいな兆候があった時、咄嗟に対処するのは、やっぱちょっと難しいんだな、という印象を持った。
 というのも、真っ黒なウンコ出ました、消化器内科行きました、といっても直ぐには診てもらったり検査して貰ったりというのは難しいんだろうし、後日検査しましょうとなっても、その晩に今回みたいに急変したら間に合わない訳で、結局のところ、倒れるか倒れないかはその時次第だし、倒れん事には抜本的な対策は取れそうにない。気をつけろ、早めに病院に行け、といわれても、所詮はこんなもんだなー、と思った。
 とりあえず、これまで自分で血圧計るのはズボラかましていたが、薬飲まないのなら、計る必要がある。という訳で、降圧剤を飲み始めた頃に買った血圧計を引っ張り出してきた。ところが、中の電池が液漏れしてて、それが原因かどうか知らんが、動かなくなっていた。まぁ、6年前に買ったやつなんで、壊れても不思議はないが、またまた出費である。

2020-11-26 16.49.10
この血圧計を買った時は、目眩で倒れたんだよな







減塩

 予めお断りしておく。自分はこれまで、「快気祝い」というのを上記の様に理解していたのだ。しかし、本当の意味は「入院や自宅療養をしていた人の病気がほぼ完治し、入院中にお見舞いに来てくれた人にお礼と報告を兼ねたお返しをすること」だという。なるほど、そういう事なのか。だったら「快気返し」とでもしてくれたら、意味がもっと分かり易かったろうに。
 まぁ、タクシー代2往復で2万近く使われて大打撃であった上に、入院費用もバカにならず、さらにこっちが「お祝い」せないかんというのは、往復ビンタもいいところであるが、それでも嫁はんがいなかったら、猫らは飢え死にし、自分も裸一貫で病院から出れもせず、非常に困った事になったのは事実である。お祝いならぬお礼はする必要があるであろう。という訳で、はま寿司に行きたい(平日1皿90円w)というので行ってきた。
 ところで、話しは朝起きた時に遡る。寝覚めにションベンをしたのであるが、入院時にしてたのと比べると、色も濃く臭いもきついのである。のであるもなにも、それが普段の状態で、むしろ入院中が薄かったのであるが、その理由は一発で分かった。病院の食事は、栄養士が管理してて、摂取する塩分も低めなのである。ところが退院して、普段通りの食生活になった途端、腎臓に強烈な負荷がかかったのであろう。食ってるもんの違いで、こうも違いがあるもんなんだ、というのを、今回の入院で初めて感じた。実は、これまでも何回か入院した事があるが、そこまで明確に感じなかったのである。
 さて、はま寿司である。いつもなら、たっぷり醤油を使うところなのだが、上の様な事があったので、あまり使わない様にした。使わない様にしたのだが、むしろその方が素材の味がしっかり分かる。自分はこれまで醤油の味で素材の味を損なってきたんじゃないか、という風にさえ思えるくらいだった。確かに、醤油つけた方が美味いのだが、なくても美味いのである。そもそも、不味いとか、味がないとか、そういうものではなかった、という訳だ。
 塩分というのは、美味しく感じる様に脳ができているそうで、美味しいものは多く取りたいのは人の常なので、ついつい多く摂ってしまい、塩分過多になってしまうそうだが、その一方で素材の味というものを忘れてる様な気もしてきた。という訳で、これからは塩だの醤油だのを「かけない」のでなく、「素材の味をまず味わってみる」という考え方で行こうと思う。

2020-11-26 16.29.56
「退院祝い」で嫁はん持ちになった1750gの焼き鳥缶







病院下番

2020-11-24 15.23.02
 そんなこんなで緊急入院となった。身ぐるみ剥がれて、文字通りの裸一貫で入院となったのだが、既婚者の有難いところで、職場への連絡、着替え等の入院装備の準備、猫の世話など、嫁はんを頼れたのが幸いであった。もっとも、自宅から比較的近いといえども、運ばれたのは八千代医療センターである。自分ならスクーターでも行き来できるが、嫁はんは運転だの車庫入れだの自信がないというし、電車の乗り方も分からん田舎者である。集中治療室で看護師さんから「何が分からないんですか」と小学生みたいな事言われてたのも、実は家と病院の行き来の事だったのだ。まぁ、緊急事態であるから、タクシーを使う事になった。
 その入院であるが、当初は2週間ほどと言われていたのだが、翌日、医師から言われたのは、内視鏡の結果、十二指腸からの出血は止まりかかっていて、また担ぎ込まれた時には治りかけというのも十二指腸には多いという事だった。胃の方はよく見てないのでよく分からないが、週明けにも改めて見ましょう、という事だった。
 食事は翌日の朝から出た。17年前に急性腹症(実質は胃炎)で運ばれた時は、3日間の絶食だったので意外だった。出た食事は3分粥の非常にライトなものだった。もっとも、この時点ではまだほとんど食欲がなかった。人体というのは不思議なもので、食ったら出る仕組みになっているらしく、食べ終わったあと急に催したのでトイレに駆け込んだ。真っ黒けの流動体が大量に出た。流しはしたが、細かい黒錆とも砂鉄ともつかぬものが便器の表面に残って、2〜3度流さねばならなかった。その黒錆の様なものは、血液中のヘモグロビン、つまり鉄分だそうで、細胞レベルの鉄錆を見た事になる。
 その後、3分粥が続いたのだが、大が出る気配がしばらくなかった。出たら看護師さんに見せる様に言われたのだが、見せろと言われるとなかなか出ないものである。体調の方は次第に良くなって行ったが、それでもデイルームに水を飲みに行くと、軽く息切れする感じだった。この時点での最高血圧は90くらいだった。
 息切れがしなくなったのは、最高血圧が100を超えてからである。その頃には食事は5分粥に上がっていて、食事の間は猛烈に腹が空く様になっていた。もっとも、3連休のど真ん中で医師の回診もなく、ただただ寝転がってiPhoneで動画見てる以外にする事がない。強制的に休養を取らされている格好である。
 食事の量が増えた事で、大も出る様になった。最初は黒みがかった緑色だったのが、次第に黒みがなくなり、どっちかというと緑っぽい色である。そして最後にはまったく黒くなくなった。そのせいかどうかは分からないが、結局、入院中の再度の胃カメラはなくなり、退院後、日を改めてという事になった。そして、もう退院しても良いという事で、25日の午前に退院した。
 思った以上のスピード退院だったので、結局あれはなんやったんや?という感じがするが、まぁ、このくらいで済んで良かったのだろうと思う。自分はしんどくなると直ぐ救急車呼ぶ質であるが、もしあの時、無理クリ頑張って家に帰ってたら、出血性ショック症状でもっと酷い事になっていたかもしれない。弱さというのも、時には身を守るものである。

2020-11-21 17.51.16
入院翌日の夕食
3分粥なんて、何年ぶりに食ったろ?

2020-11-22 17.49.02
3日目の夕食
5分粥という事で、おかずも形のある物に変化

2020-11-23 17.49.53
4日目の夕食
全粥というらしい。お腹一杯になるが直ぐ減る
天ぷらがうれしい

2020-11-24 18.00.02
5日目の夕食は麦飯が出た
カレイのサラサ煮というのは初めて食った
ひじきの中華サラダ風味も斬新だった








上部消化管出血

2020-11-19 23.12.37
汚らしいが敢えて掲載する
運ばれる直前に吐いた胃液


 その兆候があった、といえば、2ヶ月ほど前になるか、イカスミみたいに真っ黒なウンコをした事があった。初めての事で驚いてたのだが、その時、既に消化器科にかかれと言ってた人が何人かいたのであるが、翌日には元に戻っていたので、その時はあまり気にしてはいなかった。
 ところが、19日朝、またもや真っ黒けのウンコが出た。大量だったのはいつもの事なので気にしなかったが、墨汁みたいな色にだけは驚いた。今度も病院行けって声があったが、別にどっか具合が悪い訳でもないし、明日以降も続く様であれば考えるかなー、程度の考えで、そのまま仕事に行き、夕方までは普通に暮らしてた。違いがあるとしたら、ここ一週間ほど、駅から職場までの距離を歩くと軽く息切れしてて、太り過ぎと運動不足のせいだと思っていた。
 そして夕方、あまり食欲はなかったのだが(今考えたら、これが珍しい)、家から持ってきた飯を食って、その後から次第にしんどい感じになってきた。最初は、ちょっと体怠いなという感じだったのが、次第に早く帰って横になりたいなになり、退勤する2200時頃には胃と肩が結構怠い感じであった。いつもの電車を乗り過ごすと直通の快速を逃すので、早歩きで駅まで向かったが、これで相当疲れてしまい、乗り換えの錦糸町では立ってるのも辛く、立ち上がると立ちくらみする感じであった。快速には幸い座って乗れたのだが、その時点で、粗悪ウイスキーで悪酔いした様な気持ち悪さで、冷や汗も出始めていた。千葉に着いた頃には、吐き気、下腹の痛さで悶絶する様になり、嫁はんに駅までトランポで迎えに来てくれるよう連絡する。その頃には、もう座ってるのも苦痛だったが、それでもどうにか駅まで耐えて、トイレに駆け込み、ウンコしてる最中に、真っ黒なゲロをバシャっと吐いた。そして、トイレから出た後は、もう立ってられなかった。迎えに来た嫁はんが救急車呼ぶか聞いて来たので、即座に頼んで倒れてたのだが、またそこでも吐いてた。
 しばらくして救急車が着いたのだが、なんかこれまでに乗った時に比べると、なんか雰囲気が慌ただしい感じである。血圧が75だの77だの言っていたが、それは実は最高血圧の事だったらしい。自分では意識がはっきりしてるつもりだったのだが、救急隊員が耳元で大声で名前とか何か呼びかけてた。時間が0000時近かったせいか、夜間受け入れの病院がなかなかなかったみたいだが、しばらくして発車。ここから先は、された事しか覚えてなくて、言われた事はあまり覚えてない。
 病院に着いてから、着ぐるみ剥がされて、注射だのレントゲンだのされて、左の鼻の穴になんかチューブを喉まで差し込まれた。痛いのと気持ち悪いのとで、この時も吐いた様に思う。この鼻のチューブが大概痛いのと違和感で意識がちょっとはっきりしてきた。そこへ尿道カテーテルも入れるという。これも人生経験だと思って了解したが、これがかなり痛い上に、慣れるという割には全然慣れず、しかも永遠に続く残尿感で、これで意識がはっきりした。とにかくチンコが痛いのである。史上最悪の体験である。
 この後、集中治療室に送られ、そこで嫁はんが帰った後も、チンコの痛みと戦っていたのだが、どうにもこうにも我慢できないので、カテーテルを抜いてもらう事に。もっとも、抜いた後も痛みは続き、しかも大量に点滴してるので、2時間くらいで尿瓶を当てがって貰わねばならなかった。もっとも、今度は鼻のチューブが痛くておちおちとも寝てられず、それでもウトウトするのだが、その度にチューブが鼻の奥に刺さる感じで目が覚め、ほとんど眠れなかった。
 0900時過ぎ、担当医がやってきて、おそらく十二指腸から出血している様なので、胃カメラで検査するとなった。その頃は、眠気で意識が朦朧としてて、検査室に運ばれて、やっとこ鼻からチューブが抜かれて、苦い麻酔薬を飲まされて、マウスピース咬まされたところまでは覚えているが、そこから記憶がない。睡眠剤を入れるとか言ってたから、眠ってしまったらしい。
 目が覚めたら、病室だった。目が覚めたというか、看護師さんに起こされたんだったかな。嫁はんが荷物を持って来たとかで、サンダル出したり、iPhoneのケーブルをコンセントに挿したり、そんな事してた様な気がしたが、意識がまだはっきりしてなかった。その後、医師の説明も受けたが、はいはい返事するだけで、あまり頭に入ってなかった様に思う。

2020-11-20 02.50.22
集中治療室で嫁はんが撮影








コロナった?

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 日曜日の晩、パンツ一丁で寝たら、翌月曜日の朝、鼻の奥がヒリヒリし喉が少しガラガラしてた。しまった、風邪ひいてしまった。とはいえ、医者行くほどではない。そのうち良くなるだろうと思って仕事に行ったのだが、段々と体は怠くなってくる。ウチに帰った頃には、もうグダグダで、速攻寝た。大体風邪ひいた時はいつでもそうだが、ぐっすり寝れるなんて事はなく、起きてるんだか寝てるんだか分からん状態で、小一時間くらいで目が覚めたりするのだが、それでもやっぱり眠たいのか、とりあえずは朝まで寝た。
 火曜日、起きた時はちょっと楽だったのだが、寝室から1階のリンビングに降りただけで具合悪くなった。熱を計ってみたら、36.6度。まぁ、平熱である。熱もないのに体が怠いのはどうした訳か。熱がない以上は仕事に行く方針なので、そのまま出勤。しかし、職場でもグダグダしてたのには変わりなく、家からパブロン持っていくのを忘れたので、職場にあったパイロン飲んだら、もう眠くて眠くて仕事にならなかった。今回の風邪は、とにかく眠くなるのである。帰りの電車では滅多に寝ないのだが、ウトウトしながら乗り過ごさない様に気をつける有様だった(乗り過ごすと帰りの電車がなかなか来ない)。帰って熱を計ってみると、37.6度。このくらいの熱なら、普段はあまり気に留めないが、今はコロナが大流行りで、それが37.5度の熱が出るのが目安であるから、気にならん訳がない。
 とにかくしんどいので、明日の早番の奴に遅番を変わってもらおうと電話したが、出ない。まぁ、夜も遅いから仕方ないのだが、変わってもらい様がなかったら、もう明日は出勤するしかない。明日どうなっているか、それは明日になってみなければ分からないのである。という訳で、早々に寝た。今夜も昨晩と同じく、起きてるんだか寝てるんだか分からん感じだった。
 今朝、心配した嫁さんが起き抜けに体温計を持ってきて体温を計ったが、36.6度。その後も36度台で、体が怠い割には熱はないので、どうやらコロナに罹った訳ではなさそうだ。鼻は中途半端に詰まるけど完全に詰まって息が出来ない訳でもなく、咳も時々出るけど痰が出る訳でもない。典型的なダラダラした夏風邪である。まぁ、この時期、寝る時は暑くてパンツ一丁だけど、明け方涼しくなって風邪引いてしまう。罹ってしまったもんは仕方ないので、とにかく体休めれる時は休ませて、週末のレースに備えないと。実のところ、あまり休みたくなかったのも、仕事休んでレース出たのでは、格好がつかないからなのだ。





部分入れ歯

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 2月から開始した右下奥歯の穴の開いたブリッジの後始末、今日、人生初の部分入れ歯が入った。ぶっちゃけ、違和感だらけである。実のところ、こんな事ならブリッジにしときゃよかったかなー、と思わないでもないが、とりあえずしばらくは使ってみる事にする。
 まず、脱着であるが、指突っ込んで爪でワイヤーを引っ掛けて外すのだが、当然慣れてないので、最初はなかなか外れなかった。コツが掴めてきてからは、上手いこと脱着できる様になったが、そもそも「歯を脱着する」と言うのが面倒である。
 付けた感じは、最初はワイヤーで歯が締め付けられる感じがして嫌だったが、これも数時間すると慣れるものである。それよりも、ピンク色の土台が舌に当たって、これが嫌で嫌でたまらん感じがしてたのだが、これも次第に慣れつつある。
 つけ心地以上に問題なのは、物を食った時だ。部分入れ歯のとこが違和感だらけなのだ。さらに固定のワイヤーに食い物のカスが引っかかる。入れ歯の下にも食い物カスが入り込む。気になって仕方ない。これもいつか慣れるのかも知れないが、今は入れ歯ない方が食いやすいくらいである。
 まぁ、何もかも慣れなのかな。今度の歯医者は結構腕も良さそうだし、仕事も丁寧だと思う。だから、変な仕事はしてないと思う。やっぱ慣れるしかないかなぁ。帰りにポリデント買って帰ろう。なんか、一気に年寄り臭くなったなぁ。








治療計画

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 2月に通い始めた左下の壊れたブリッジの手当て、やっとここれから本格的に処置が始まる。かれこれ3ヶ月近く何をしてたのかと言うと、ずっと歯石を取る作業をしてたのである。歯石のおかげで歯茎の腫れが凄かったらしくて、その腫れを取らない事には、治療してもガバガバになるとの事。この間に新型コロナウイルスの蔓延やらで、世の中は大ごとになっていたが、歯医者だけはきっちり営業してたのである。
 さて、今日言われた治療計画と言うのは、ちょっと意外なものだった。と言うのは、単にブリッジを作り直して終わりかと思っていたのだが、抜いた歯の部分の1本入れ歯も提案されたからである。医者曰く、橋桁の手前の歯は神経が残してあって、もしブリッジにするなら、この歯の被せ物も取って状態を見てみないと分からない。部分入れ歯の場合は、奥の橋桁の歯に銀歯を入れて、抜けた間に入れ歯を作って終わり、との事。入れ歯にした場合のメリットは外せるので磨き易いこと、デメリットは異物感がある事。ブリッジのメリットは自分の歯っぽい使い勝手であり、デメリットは磨き難い事、だった。
 これまでブリッジで不具合なかったのであるので、今回もブリッジで良かったのだが、歯医者的には部分入れ歯をお勧めしたい雰囲気であった。まぁ、やってみない事には、どの程度の違和感なのか、また使い勝手や面倒なども分からないので、今回は(というか今回が初だが)部分入れ歯で対策してみる事にした。ブリッジの時もそうだったが、入れ歯と言われると一気に年寄り臭くなった気がする。老眼鏡と同様、他に言い方ないものであろうか。
 しかし、この方法が取れるのであれば、このブリッジを作った時だって可能だったはずだ。となれば、健康な歯を削らずとも良かったのではないのか。前の歯医者に提案された記憶がないので、おそらく端折られたのだろう。もう今更言っても始まらない話しであるが。今度の歯医者は、選択肢を提示する程度には親切なのかもしれない。仮歯も3ヶ月外れる事なく使えたから、腕も良いのだろう。





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