たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

雑記

梅雨寒の風邪ひき

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 こんな時期に風邪をひいてしまった。2〜3日前、夜中やや肌寒い日があって、それでもスウェット着るのが面倒でシャツにパンツの盛夏スタイルで寝たら、夜中のうちに暑くなって無意識に毛布を剥いでて、それで冷えて風邪をひいたらしい。まぁ、不注意である。
 仕事休むほど酷い事になってる訳ではないのだが、微妙にしんどい。微かにしんどいというべきか。立ってるよりは座ってる方が楽だし、できればゴロゴロ横になってたい。今朝も医者に行こうかな、と思っていたのだが、医者に行く時間に猛烈に眠くなって、2時間ほど熟睡したら多少マシになったので、そのまま仕事に出た。しんどいながらも仕事休まなくて済むのが良いのか、しんどいのに仕事行かないかんのが悪いのか、どっちかわからんけど、売薬飲んで寝てればマシになる程度なのは、やっぱり良いのだろう。
 そういえば、嫁さんに風邪薬あるかと聞いたら、「ある」との返事だったので、「確か全部飲みきった様な……」と思ってたら、見たこともない様な大粒の橙色の錠剤を出された。訝しんでなんという薬か聞いたら、聞いた事も無いような名前だったので、容器を持って来させて見てみたら、今から5年も前に期限の切れた奴だった。嫁さんが実家から持ってきた奴だったのだが、捨てろと言っても「勿体無い」と言って元に戻した。倹約家なのは結構だが、薬も使い様では毒である。期限の過ぎたのは処分せんと。






時々眺める

 2016年12月頃の金の値段はグラム4650円前後だったのだけど、今は4950円前後である。いっとき、5000円超えた時があったのだけど、それでも自分が買った時よりも300円も高くなっているのである。もっとも、現時点での買取価格は4870円前後だから、今売りに出せばグラム220円ほどの儲けが出る。売らないけど。
 あの時、どうして金を買ったのかと言うと、その年の秋に財テクが趣味みたいなもんだった父方のバー様が死んで、急に日本経済の先行きが不安になって、紙幣じゃなく実物資産が欲しくなったからだった。買った途端に急に興味がなくなってしまい、金のインゴットは仕舞い込んで見る事も無くなったのだが、よく年はどうした訳かラッキー続きで、「金は運を呼ぶ」ってのはホントかなー、なんて思ったもんだ。
 金を買おうと思い立った時、色々と調べたのだけど、その中で印象的だったのが、「金は買ったら、忘れるくらいが丁度いい」と言ってる人がいた事。実際、自分もそうなってるんだけど、上がっただの下がっただので、一喜一憂する様な性質のもんではないのだそう。確かに、金そのものは利息を生む訳でもないし、10〜20年スパンで値動きするもんだ。ちなみに、今から15年ほど前はグラム1600円くらいだった。その頃買っときゃなー、と思わないでもないのだが、済んだ事であるし、金というのは買おうと思った時が買い時なのだそうな。
 金を買って一番役立っているのは、何の気なしに金庫から出してきて、ニヤニヤしながら眺める事だと思う。小なりといえども、やっぱり金なのだ。自分が金持ちになった気分になるし、何がどうなっても、これだけは厳たる資産、自分の底力なんだ、という気になる。つまり、自信だな。これって、大事なんだと思う。自信こそは、自分が持ってるあらゆる意味での根源的な力だと思うから。まぁ、それが目に見える形で存在してるのが、自分の場合、金のインゴットという訳だな。






半世紀

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 「人生五十年」というけれど、今日がその50年目である。これまでに誕生日に書いた日記を読み返して、それらと今の決定的な違いは、「体がしんどい」と言う事だ。これまでの日記で、そうした記述は出て来ないから、これは自分の人生で初めての事である。
 40代に入ってから、あっちこっちと不具合が出てきた体ではあるが、それでも半ば過ぎまではまだまだ元気だった様に思う。それが2018年頃から徐々にしんどくなってきて、それが日常的になった。とにかく、諸々邪魔くさくて、やる気が起こらない事が多くなったのだ。
 例えば、四街道に引っ越して、通勤時間が倍に伸びただけでなく、駅の階段の登り下りも倍以上になったと言うのも、結構苦痛である。試しに、出来るだけエスカレーターやエレベーターを使う様にしたら、大分マシである。前みたいに出勤前に水泳行くとか、毎週金曜日の夜はグループセンタジーやグループキックやるなんてのは、時間的にも無理なだけでなく、やる気が出ないと思う。何せ、ウチ帰ってきたらヘトヘトで、小一時間くらいボーっとしてないと元気が出ないのだ。
 こんな体たらくなので、週末にバイクの練習行くとか言うのも、よほど体調を調整しておかないと、朝になったらやる気が出なくて、そのまま寝てまうと言う事がままある。これではイカンなぁとは思うのだが、しんどいもんはしんどいのである。
 そのくせ、朝は無駄に早く目が覚めたりする。まぁ、おしっこしたくなって目が覚めるのだが、その後二度寝するとかでなく、起きてMacに向かって何かしてる。それでいて出勤前の昼前あたりに眠くなってくる。睡眠時間は6時間くらいだと思うのだが、前ほど効率的に体が休めてないんじゃないだろうか。
 これから、どう言う生き様になるのか分からないけど、せめて元気はあって欲しいもんだ。そろそろ抜本的に手を打った方がいいのかな。







健康診断11回目

 今日は職場の健康診断。今の職場に入ってから11回目になる。そーいや、引っ越してからの2回目の診断という事になるのだが、去年、初めて新居のトイレで採尿したような。バリウム飲んで台の上でゴロゴロさせられた記憶が昨日の様に思い出されたり、遠い昔の様に感じたり。一年経つのが早い上に、遠い過去の様に感じる今日この頃だから、記憶の感じ方がおかしくなっているのだろう。
 今回は、今年50歳になるから、という理由で、いつもよりも多めの検査であった。健康診断で眼底を撮影したり、腹エコー食らうのは初めての様に思う。とにかく、腹エコーはくすぐったくて苦手なのだ。もし自分がネコだったら、絶対に腹はモフらせないと思う。昔飼ってたクロスケも、腹を触ると全身で抵抗してきて、手が血だらけになってたが、あんな風なネコになる。そのくらい堪え難いのだが、まさか全身で抵抗する訳にもいかず、猛烈なくすぐりプレイに耐えてきた。アレに比べたら、バリウム飲むのなどマシな部類である。
 身長はちょっとズルして173.4cm。これでも昔に比べたら1.5cm縮んでいるのだが、これ以上縮まれたら沽券に関わる。視力は左が1.5の右が1.2。これは中学の時に不良と喧嘩して右目殴られた後遺症が出てきてるんだろうな。骨密度が去年89%だったのが今年81%と結構減ってた。オフロードやってる人は骨密度が高くなる傾向にあるのだが、自分は加減速Gがあまり掛からない優しい乗り方してるから、骨に加重が掛からないんだろうな。
 昨日の晩から何も食べてないので、バリウムは素通りしたみたいだ。これで心置きなく食える。




寒さまとめ

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 フード付きのパーカーを着て、寝る時にフードを被って寝る様にしてから、夜中、寝てる時の寒さに対する耐性が劇的に向上した。やっぱり四街道の冬は寒いのである。調子悪くなるほどの寒さなんてのは、ぶっちゃけ経験がほとんどないので、「どうしてそうなるのか」が分からなかったのである。
 寒さの感じ方というのは体感的なものであるし、これからは気温計や湿度計といったメーターが必要かもしれない。つまり、寝る前の気温や湿度によっては、寝る際の防寒防湿対策をしなければならない、という訳だ。こうしたメーターも、なんでそんなもんが必要なのか分からんくらいに、そこまで寒さとか乾燥で困った事がなかったのだが、この四街道では、特に冬場は必要だという事だ。
 昨日、成田在住の人も言っていたのだが、自宅と都内の勤め先では、気温が7度ほど違うとの事だ。つまり、成田がマイナス5度くらいで勤め先が2度くらいとの事。これはウチにも共通している事である。そしてバイク乗ってても、都内から自宅に向かう道すがら、四街道を越えた辺りで空気がガラリと変わって寒くなるとの事。やはり、そういう事だったのである。
 今まで、頭や首筋、布団がめくれた所など、そういうった所から冷気が入り込んで目が覚めるという事が都度都度あったが、フードを被って寝る様になってからは、布団がめくれて足が寒くて目が覚める以外では起きなくなった。また、明け方に目が覚めるというのも減った。トランポの車中泊の経験が活きた格好になったが、こうした対策が必要な街に来てしまったのである。風邪なりインフルエンザなりで仕事に穴開けたら迷惑だし、第一自分がしんどくて堪ったものでは無い。分かった以上は、科学的に対策していかないと。




そら寒いわな

 四街道に引っ越してまず感じたのは、冬は寒いな、という事。11月に入ると途端に寒くなるのであるが、どの程度寒いのか、具体的な数値で理解してた訳で無く、ただ単になんとなく新小岩に比べて寒いな、と感じていた。で、何の気無しに気温の違いをググってみたら、こんなに違いがある事が分かった。

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 そりゃ、5度も違えば寒いはずだ。しかもマイナスである。道理でこないだの日曜日の朝、出勤する時に死ぬほど寒かったはずである。あの寒さでインフルエンザになった様なものだ。暖かかった新小岩の時の様なヌルい防寒対策では、具合悪くしちゃう訳である。

 実は、今朝というか夜が明ける前だが、頭というか顔というか、とにかくスースー冷たくて目が覚めてしまった。おそらく加湿器を入れてるせいもあるのだと思うのだけど、水っぽい寒さで一旦目が覚めたら寝てられなくなったのだ。そんなわけで、まだちょっと眠たい状態でずっと起きているのだが、こうも気温に差があって、それが健康にも影響を及ぼすのだとしたら、もはや対策をしない訳にはいかない。
 自分はもともと、湯たんぽもスリッパも要らない人間だったのだが、歳食ったせいで体が弱くなったのか、それとも四街道が今まで住んだ中で一番寒いのか、ともかくどうにかする必要がある。まず、寝る時にハクキンカイロでも布団に忍ばせる。湯たんぽは邪魔だけど、ハクキンカイロなら邪魔にならない。ハクキンカイロの威力は、様々な冬場の車中泊で威力を発揮している。しかし、問題は布団の外の気温で、それこそフード付きのトレーナーとか、ナイトキャップとかで頭を防護しないと、頭から風邪をひいてしまう。
 ぶっちゃけ、冬季の車中泊レベルの防寒対策が必要じゃないのか、四街道。






今度は自分が

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 3日に嫁さんがインフルエンザに罹って、嫌がるのを叱ったり宥めたりしながら内科に連れて行き、ちょっと良くなったらのそのそ起きてくるのを横なっとれと叱ったりしてるウチに、今度は自分がインフルエンザに罹ってしまった。今年は6日の朝一番から出勤だったのだが、これが猛烈に寒い。新小岩の時には体験出来なかった寒さである。自分が子供の頃に住んでた長岡京市なみの寒さだったのだ。おそらく、これでかなり体力を消耗してしまったらしい。ウチに帰った頃には大分具合が悪く、最低限の用事を済ませたら、さっさとベッドに横になって延べで14時間は寝たと思う。しかし、具合は今ひとつ。
 それでも出勤したのであるが(昨日に懲りて、マスクとグローブ着用)、次第に調子悪くなって行き、1600時頃から熱が出始めて、2000時頃には38.1度。もういいから帰れという事になって、電車に乗ったものの、電車は満員。結局、四街道まで座れなかった(今から思えば、グリーン車に乗ればよかった。昨日は500円出す必要があった)。途中、あまりに苦しくて立ってられず、地べたにへたり込んでしまったのだが、座ってても膝がきついので、立ち上がろうとしたら全身悪寒と吐き気で、もうダメだという感じになった。あの時が一番キツかった。
 どうにか家に帰り着き、食欲もなく、嫁さんにリンゴ擦ったのを作ってもらって飲んで、嫁さんに処方された解熱剤を飲んで寝た。ちなみに、四街道は新小岩に比べると、空気の乾燥が半端ないのか、それが原因で鼻づまりや咳が出るので、加湿器を注文してあったのだが、それが届いてた。その威力が相当なものらしくて、鼻も喉も不具合が少なかった。
 今日は急遽休みをもらったので、朝一番に内科へ。体がしんどいので嫁さんに運転して貰おうとしたら、怖いだのヘッタクレだの言うので、「ここ一番大事な時にやらんでどうするか」と怒って、どうにか内科へ。午前だから患者が結構きてて、一時間以上待たされた。発症時間から24時間経ってないけど、一応検査しておきましょう、という事で、その結果は、インフルエンザA型。12日までの出席停止命令である。熱が37.4度しかなかったのは、嫁さんに処方された解熱剤(ちなみに、かかった内科は同じとこ)の効果である。
 思うに、これまでインフルエンザに罹るなんてのは、まったくの他人事だったのだが、2年前に罹って以来、もはや他人事ではなくなった。毎年予防接種した方が良いかもしれない。ついでにいうと、花粉症も結構ひどいので、これも対策を講じた方が良いかもしれない。防寒対策はもっと厳にした方が良い。長い間、暖かいところにいたので、18歳まで京都で鍛えた耐寒能力はすっかりなくなってしまった。去年も寒くて具合悪くなったのだ。
 ちなみに、薬代が半端なく高かった。嫁さんの2倍である。なんでも、体重が重たい奴は、薬の量も倍なんだそうだ。




インフルエンザ

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 インフルエンザといえば、2年前の正月に京都に帰省してる時に罹ったのであるが、今度は自分でなく嫁さんである。2日に帰ってきたのだが、ウチに着いた後から、「段々具合悪くなってきたー」と言い出して、その具合を聞いてみたら、熱っぽくて体が怠いという。鼻や喉の具合はそれほどでも、という事だったので、近所のウエルシアに行って、ひき始めの熱だの怠さだの効き目のある漢方薬を買ってきて、バファリンと一緒に飲ませた。薬飲んだ後は、少し調子良くなった様であるが、夜半になると再び熱発で熱が38.5度ほどあって、体の節々が痛いという。こりゃ、インフルエンザかなと自分の経験から直感した。
 で、昨日から内科はやっているので、診察を受けろと言ったのだが、熱が平熱に戻っただの太った体見られたくないだの風呂入ってないから臭いだの、グダグダ言って医者に行こうとしない。まぁ、本当に熱が下がったのかもしれないし、だったら良いかーと思ってたら、1時間もしないうちに、ヒーヒーハーハー言い出した。風邪であれインフルエンザであれ、小康状態に治ったと思いたくなるものなのである。ともあれ着替えて、午後一番の診察に駆けつけた。結果、予想は的中、インフルエンザA型だった。自分も咳が若干出るので、一応診てもらったが、熱は平熱で今んとこ感染の恐れなし。咳が多少出て、痰も絡む感じなので、その薬を出してもらった。
 帰ってから、薬飲ませて横にならせたが、あまりゴロゴロし過ぎて、かえって体痛いらしい。薬はあまり効いてないのか、まだ調子悪いそうである。まぁ、どうしても効かん様なら、月曜日に再び診察を受ける他ない。今日は本当は月末のクロスミッション・アドベンチャーの予習で白井に行くはずで、そのためにXR230のタイヤもトラタイヤに履き替えさせたのだが、嫁さんが具合悪い言うてるのに遊びに行くのも何なので、キャンセルした。
 自分が居るからといって、早々簡単に具合が良くなるもんでもないであろうが、具合の悪い時は誰かに側に居てもらいたいもんである。それだからこそ、独りは寂しいのである。もっとも、一緒にいて自分も罹ったら具合悪いので、あまりベタベタされても困るのであるが。




旧居探訪

 久々に昔住んでた文京区の古アパートを訪れた。引っ越してから全然来てなかったのだが、たまには来ないとな。ポストにいくつか郵便物が溜まってたので掻き出した。
 家賃は1.5万円で、そろそろ更新時期だから、続けて借りるのなら、お金置いて行かないと。年額にしたら18万か。住んでないのに無駄な出費だな。
 部屋に入ってみると、今は昔、争議の時に世話になった地区労が使ってるみたいで、資料だの書籍だの旗だのが置いてあった。6畳ほどの狭い部屋で、今の家とは比べ物にならないほど狭い。
 当時使ってた物はあらかた引っ越しの際に処分したんだが、安物のパイプベッドだけ残してあった。寝転がってみると、ここで一人で暮らしてた頃の事を思い出してきた。
 ……というところで目が覚めた。おかしな初夢を見たものである。




Nun danket alle Gott



 今年ももう僅かである。いやはや、今年はもう、ロクな事のない一年だった。あまりにもロクな事がないので、お祓いにまで行ったのだが、その霊験も今ひとつで、今も調子はもう一つである。
 実のところ、今年は8戦レースに出る予定をしていたのだが、5月に蜂窩織炎になって全ての予定が滞ってしまった。レースに出るどころか、何ヶ月もバイクに乗れない状態になってしまったし、入院して仕事に穴開けたせいで、バイクの趣味を続けるのに微妙な空気になってしまった。もう、このままバイク降りてしまおうか、と思ってたくらいである。
 そんなこんなで、秋になって、ようやく蜂窩織炎の跡地の目処がたち、またバイクに乗り出したら、やっぱり面白い。しんどかろうが怖かろうが、やっぱり面白いから続けてきたんだな、と再認識した。あっさり辞めなかったのも、そうだからだ。
 結局、今年はブランクあった割には、予定の半分の4戦をこなした。この4戦を通じて、CRF450RX“ゲイレルル号”の問題点の洗い出しをし改良を加えて完成度の高いバイクに出来たのが、今年の成果となったと思う。今年は勝負所と思ってたのだが、実際は来年辺りになるのかもしれない。
 細々した事故や、思いもよらない大ごとがあったりしながらも、ともあれ一年を無事に終えれそうだ。その事を神に感謝し、来年の活躍を祈念しよう。






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