たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

雑記

経理のお仕事

2020-06-24 11.38.06-1
 ここで仕事の事を書くのは無粋というものだが、後年見なおした時にどう感じるか、と思って書いておく。
 一昨年の秋、前任者がいきなり辞めたので、いきなり自分が経理の仕事をさせられる事になった。今までやった事がないし、やろうとも思ってなかったし、当然。その手の勉強もしてないし、資格も持ってない。よくもまぁ、そんな奴にそんな仕事させるもんだな、と半分呆れつつ、今の歳で他に転職しようにも、同じ条件で雇ってくれる所はないので、渋々引き受ける事になった。以来、四苦八苦の日々である。目隠しされたまま迷路を歩かされる様な感じ。これで良しと思ってても半年後くらいにやっぱり違ってたとか、そんなんの連続で、時には職場で激怒の絶叫を上げるほど、ストレスフルな毎日である。
 ここ最近は、その手の研修会にも行かされてて、まぁ、話しを聞かないよりは聞いた方が為になる、程度には勉強している。でも、昨日の研修なんか、ほとんど付いていけなかった。世界地図を広げられて、「アメリカはここにあって、カリフォルニア州は西海岸にある」程度の理解しか出来なかった。先が思いやられる。しかし、他に収入を得る方法がない以上、耐えるしかないのである。
 日々の会計業務や、給与や賞与の計算など、本当に手書きでやろうとしたら、それこそちゃんと訓練を受けた専門家でなければ出来ないと思う。実際やってみたが、間違いだらけだった。そんな自分でも、かれこれ1年半、とりあえず日常的な事が出来ているのは、会計ソフトのお陰なのだ。基本的な数値を正しく入力すれば、勝手に計算してくれるからである。
 でも、正しく入力されてなければ、当然間違うし、何のかんので目でチェックする部分も多いので、そこで間違うとアウトである。しかも、間違いが直ぐわかれば結構なのだが、何もかも片付いた半年後くらいに間違いが分かったりするから始末に負えないのだ。
 まぁ、グダグダと文句や愚痴はいくらでも書けるのだが、自分がこの仕事に唯一、希望らしいものを感じてるとすれば、「早々ほかの奴は出来ない仕事だから、早々クビになったりしないだろ」と言ったものである。簿記の資格持ってる人なんか、世の中、掃いて捨てるほど居るのだろうけど、だったらどうして前任者の後任がワシなのか、という事だ。
 実をいうと、自分個人としては家計簿は1円単位まで細くつけているし、家計全体を総覧できる様な帳簿を独自で育ててきた経験がある。最近では、月次決算らしい事も始めている。複式でやる必要まではないので、単式でやっているが、これだって立派な経理業務である(のだそうだ)。だから、センス自体は元々あると信じて、これからも頑張る。





まんてん

2020-06-24 16.46.06
 今日は神保町で研修があった。神保町は自分にとっては馴染みが深い、というか、思い出深い街である。今をさる事、33年前。東京に出て来て初めて住んだ街が文京区の白山で、都営三田線で行き来できる一番近い賑やかな所であった。友達もおらず、金もなく、やる事も、したい事もない自分が、ほっつき歩いた街なのだ。その後、水道橋と御茶ノ水の間にある専門学校に行った時も、アウトドアの趣味を始めた時も、神保町は結構重要な街だったのである。
 だった、と過去形で書いたのは、今では滅多に用事がなくなったからである。神保町自体、歩くのはもしかしたら、争議が終わって以来くらいかもしれない。神田神保町の方にはエルブレスとかある関係でちょいちょい顔を出しいたが、それも四街道に引っ越してからは、顔だしてる余裕がなくなった。ましてや、通勤駅である御茶ノ水の先の神保町となれば、なおの事だったのだ。なので今日は久々だったのだが、昔、よく出入りしてた店の大半が姿を消し、研数学館の建物がなくなってたりと、ちょっと寂しい感じになっていた。

2020-06-24 16.43.29

 そんな中、今日はどうしても行きたい店があった。それは、まんてんというカレー屋である。まんてんが今でも営業しているのは、ネットの情報で知っていたのだが、めっきり用事がなくなった神保町なので、久しく行っていない。おそらく、最後にまんてんのライスカレーを食べたのは、今から30年ほど前じゃなかろうか。久々どころの話しではないのだ。
 あまりに久々過ぎて、店の場所を見逃してしばらくウロウロしてたが、昔と同じ所に店はあった。表通りは結構様変わりしてるのに、裏通りにあるこの店は、30年間まったく変わってない。改装してないどころか、外に出ている蝋細工のメニューも30年前のが置いてるんじゃなかろうかと思うくらい同じものだった。

2020-06-24 16.43.33

 店には自分と同じくらいの年恰好のおっさんの客が何人かいて、時間が時間なのにそれなりに繁盛してる感じだった。昼間なら近所の食い盛りの学生がわんさか来ているはずである。30年前は二言目には「すみません」というおっさんが店を切り盛りしてたが、今日は若いにーちゃんが一人だった。おっさんはもう引退したのかもしれない。とすると、それでもなお店が続いているというのは、結構すごい事である。
 ところで、このまんてんのカレーというのは、ルウとミンチ肉以外入ってない、シンプルなカレーである。他の具材は入っていない。トッピングとして、トンカツだのウインナーだのシュウマイだのの揚げ物がある。しかし、かつて貧乏たれだった自分は、とにかく量の食えるトッピングなしのジャンボカレーしか食べた事がなかった。今は残念ながら、そんな大食いは出来ないので、カツカレーを注文。カツカレーは、あの時、食いたくても食えなかった「高級メニュー」だったのだ。

2020-06-24 16.35.56

 おそらく30年ぶりに口にするまんてんのライスカレー。味は確かに、こんな感じだった。おそらくカレー粉から作ったカレーだと思うのだが、シンプルなのに美味い。自分は醤油をかけて食べるのが好きだった。あの頃のままの味だった。
 あのあと、自分は色んな事があって、いろいろ変わりもしたのだが、相変わらずデブで、いかにもデブが好きそうな物が相変わらず好きなところは、変わってないなぁ、と感じた。嫁さんがこんなカレーだそうものなら、ひとしきり文句いうに違いないのに、この店では今でも喜んで食べている。これは若かりし独身時代の味なのだ。







通勤靴買い替え

2020-05-29 18.30.57
 3年前に買った通勤靴の横っちょが切れてきて、かつ靴底も剥がれ始め、かなりヤバイ感じになってきたのが、新型コロナの緊急事態宣言が出て1ヶ月くらいした頃。買い替えたかったのだが、いつも靴を買っている「靴のヒカリ」は営業自粛で買い換える事が出来ずにいた。その緊急事態宣言も今週月曜日に解除され、自分の勤務も来月から通常の遅番に戻る。という訳で、自粛体制最後の今日、靴のヒカリが営業再開していたので、通勤靴を買ってきた。今まで買いに行ってた御徒町店は知らない間に閉店になって、神田の方に移転していた。まぁ、御茶ノ水から快速で神田に行き、神田から東京もしくは新橋まで行って総武快速で四街道まで帰れるので、御徒町の時よりは楽になった感じである。
 さて、靴だが、大抵はなかなか気に入った靴がなくて思案するところなのであるが、今回は3年前に買ったのとまったく同じ靴が売っていた。珍しい事である。別に違った靴を履きたいとか思ってなかったので、即決で同じ靴を購入。その場で履いて、履いてきた靴は処分して貰った。お値段26,400円。それで3年持つなら安いもんだと思ってたが、帰って3年前の値段を調べたら19,800円だったので、随分値上がった事になる。
 しかし、3年前にこの靴を買ったのは、嫁さんと結婚する前で、嫁さんの親族にご挨拶に行く時に買ったのだった。その時は、ちょっと慣れない感じがしてたのだが、3年履いたから、それほど慣れてない感じでもない。むしろ、3年前の感触を思い出しながら帰ってきた。
 あれから3年である。好き好んで結婚した訳であるが、3年も一緒にいると、粗も見えてくるというものである。いや、粗が見えまくりというのが実際のところである。小言や文句を言いながら、ふとどこかで聞いた事があるなと思ったら、それは40年ほど前、自分がオカンから言われてた事を、そっくり自分が言ってたりという事はしばしばである。意外とよく覚えているもんだ。聞いてない風でいて、結構頭に入っているのである。言われてた時は口うるさくうざったい事であったが、立場を逆になると、根気の要る事だったんだなと思う。親なればこそである。
 しかし、慣れてきたからこそ、口さがない物言いにもなったのであろうが、かつての自分がそうであった様に、いくら自分に非があったとしても、ボロクソに言われて良い気はしなかった。その意味で、自省が必要である。今日、3年前とまったく同じ靴を買えたというのは、初心に帰れ、という意味なのかな、という気がした。





月次監査

2020-05-20 20.24.23
ちなみに、外食は生活費からは出してない

 嫁はんが夜も夜中に、「今月赤字が出ました、補填して下さい」と言ってきた。昨日、メガドンキで食ったクレープ代が足が出たという。まぁ、こんな事言われるのは最早慣れっこなので、先月指導した帳簿を見せる様に言った。これからは毎月監査をして、帳簿に不備がないか点検する事にしたのだ。これはぶっちゃけ、嫁はんの家計能力を信用してない事になるが、実際そうであってもなくても、監査の必要があるのは、自分の職場の仕事でも理解するところである。
 点検してみると、確かに生活費の部分では赤字になっているが、予備費の部分ではほぼ先月の繰越し額と同じ金額が残っていた。予備費というのは、食費等の生活費以外で使って良い費用で、まぁ、もし生活費に不足が生じた場合は、そっちから回して良いという事にしている。しているのに、赤字になったと騒いでいるのは、単に家計の取り決めをしっかり理解してないからである。帳簿には不備はなかったし、数百円の赤字なら予備で補える。強いて言うなら、生活費の残金の計算を間違えたか、しっかり把握してなかったかで(おそらく後者)、お金足りないのにクレープ食ったのが、赤字を生じさせた原因である。
 それより困ったのが、先月、嫁はんの家計の金の動きに合わせて帳簿を作ったのだが、その理屈と動きが分からないという。先月、何度もひつこくその概念について説明したのだが、頭に入ってないらしい。入ってはなくても、数字は言われた通りに入力してた、という訳だ。言われた通りにやってるから、数字としては間違ってない。ただ、表の仕組みが分かってないのでは、解も答えも理解し難いであろう。また一から説明せねばならなかったのであるが、以前の自分なら「同じ事何度も言わすなや!」とブリブリ怒ってるところであるが、そうはせず、出来るだけ丁寧に説明しなおした。
 というのも、今週は職場の監事監査で、出来るだけ間違いがない様に資料を揃えたつもりだったが、監事から突っ込まれるハメになった。また、預り金の集計表の付け方でも会計士から突っ込まれた。こちらは言われた通りにやってるつもりなのだが、説明が足りなかったのか自分の理解が足りなかったのか、結局としては自分が詰められる結果になった。自分としては言われた通りにやってるつもりなので、それで自分が詰められるのは理不尽に感じるところであるが、仕事の流れを自分が理解してないから、不備があってもそれを指摘できなかった(つまり自分を守れなかった)。といっても、資格も経験もない自分が、そんなもん1年そこらで理解するというのが無理がある。無理な事を、日々頑張ってやってるのだ。
 いくら頭の上からガンガン言われたって、分からんもんは分からん。むしろ順序だてて説明してくれないと、全く分からん。仮にそれが自分の金の流れであっても、表なりシステムなりを誰かが作った場合、その概念を理解するのは難しかったりする。だから嫁はんには、出来る限り分かり易く説明しなおしたつもりである。(ただ、生来のずぼらさ加減は、いくら説明しても直しようがないのだが)





愚問の中にも意図あり

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 よくご婦人が「仕事と私、どっちが大事?」なんて底意地悪い質問をしてくる事がある。この手の質問をしてくるのは、大抵はご婦人で、故に文字通り女々しいい問われようである。試みに、うちの嫁さんに、こんな質問をしてくる女をどう思うか、と訊いてみたところ、答えが極めて明快であった。こう問い返せというのだ。

「仕事のない俺と仕事のある俺と、どっちがいいか」

 そりゃもう、言わずもがなであろう。むしろ、この逆質問に対して、ご婦人がどう返事するのか聞いてみたいものであるが、それはデータに現れている。


 自分にも経験がある。付き合って1年目に会社を不当解雇になって解雇撤回争議を起こしたのであるが、半年そこらは応援してくれたものの、段々と相手のされ方が粗末になっていき、ついに「毎晩疲れた顔して帰って来るのを見るのが辛い」といって出て行き、最後は「活動家の女になる気ない」とフラれてしまった。争議中というのは、社会的には無職であるし、争議が終わるまで再就職も出来ないし(本音であれ建前であれ、職場復帰を目指してるので)、争議が終わったあとの事など終わってみなければ分からない。つまり、「仕事のない俺」は物の見事に捨てられたのである。

 実はこの話は前振りで、昨日、タイムラインに流れて来たのは「バイクと私、どっちが大事」というものだった。ある人は、「海に沈むバイクと私どっち助ける?」という風に書いてたが、そんなもん、“私”の方に決まっているではないか。バイクの替えはあるが、“私”の替えはないのである。“私”よりバイク選ぶんなら、海に沈む前に世間に放流した方がお互いの為である。
 自分から言わせると、自分とバイクを比べてる時点でバイクに負けてると思うのだが、「バイクに負けてる」と思うほど、相手の自分に対する扱いが粗末に感じてるという事でもある。この点に関しては、男の側も留意が必要である。男は彼女とか嫁とか、安定的に存在してるものには、実はあまり気を払わない鈍感ところがある。家内安全とか無事息災というのは、実のところ、男の用語である。なので、ご婦人がこんな質問をしてきている時は、犬が土食ったりした時の様に、何らかの変調を来している可能性がある。と思って、優しく気の利いた事の一つも言わねばならない。





私は貝になりたい

rakko
 あまり詳しく書く事は出来ないのだが、「BC級戦犯に訴追されて、エライ目に遭うってのは、こういう事なんだろうな」という体験をした。こっちとしては、上司の指示通りに仕事したのだが、それが第三者からは不備不適当とみなされて、どうしてそんな事したのか問い詰められたのだ。どうしてもこうしても、そうしろと言われたからだし、その解を説明せよと言われても、知ったこっちゃないのであるが、その指示を出した者がいないと、問い詰められるのは自分なのであった。
 似た様な問い詰めを、先日、嫁さんにしたばっかりであるが、あちらの場合は、記載漏れだの記載間違いだの、本人の不備によるもので、それこそ本人に聞かなきゃ分からん事で、自分の場合とは事情が異なるのであるが、第三者が見て不備に感じ、それを問い正そうとする事には違いがない。因果応報というか、自分がした事は大抵同じ目に遭うのであるが、それにしたって理不尽であった。相手の言わんとする事も分からないではないが、因業な事であった。
 そこで言われたのは、「そうしろと言われたら、唯々諾々とやるのでなく、その根拠を聞いて証拠を残す事」という事であった。要するに戦犯逃れ出来る様にしとけ、という事であるが、そんなもん、よほど信用ならん上司ならいざ知らず、普通はそんな事、考えないだろう。ましてや、自分はタイヤに空気入れるバルブとビードストッパーのネジの部分の見分けがつかん様な素人である。まずは言われた通りにやるのが大原則で、自分の判断で良くも悪くも処置できないのである。
 しかし、それを聞きながら、大昔に親父に言われた事を思い出した。確か、交通事故の処理の事だったと思うが、相手の不注意で自分が跳ねられて痛い目にあってるのに、法的に無知なボロクソに言われて、「知らんちゅうのが罪になるのか!」と言い返したら、「時と場合によっては罪になる」と言われた。今回の件が、まさにそういう事なんだろうな。今までも大概な目に遭う事はままあったが、今回のケースは初めてだけに、理不尽さ以上に狼狽える感じであった。





自粛中でも減るものは減る

2020-04-25 18.58.17
 太平洋戦争前、石油の対日禁輸を食らってた時、日本海軍は「艦隊を動かしてなくても莫大な石油を消費しており、このままではジリ貧になる」という事で「戦えるうちに開戦」した、というのが通説になっている。まぁ、それはそれで良いのだが、今、それに似た様な事を追体験している。つまり、外出自粛で遊びに出かけなくても、それなりに金使っているという事だ。ついでに言うなら、トランポの燃料もそれなりに使っているのである。
 もちろん、レースも練習もないから、そっちの方に使った金はゼロである。その代わり、暇つぶしの盆栽作業で使うパーツや、補給品、普段はやらない工作など、そうしたものに金を使っている。別に遊びの金だけでなくて、家に使う金も結構あった。要するに、体が動いてない時は、他で案外金を使うという事である。ついでに言うと、外食費も結構増えたのだが、これはテイクアウトで使っているのである。
 新小岩の時と違って、四街道に引っ越してからは、買い物はトランポで行く事の方が多い。以前はトランポはバイクの練習やレースの時くらいしか使わなかったのだが、今や日常の足がわりである。なのでこちらの燃料もそれなりに消費する。今月頭に満タンにしたのだが、ただの一度も練習に行ってないのに、半分くらい食っている。もっとも、原油価格の値崩れの影響が少しずつ出始めてて、スタンドの値段も少し下がった。あわてて入れなきゃ良かったと少し後悔している。
 金なんてのは、あればあるだけ使ってしまうものだし、また使っていい金は使って構わないのだけど、このコロナ騒ぎが終わったあと(いずれ終わるとは思うが)、活動再開した時には、以前同様に莫大なお金が掛かるであろうあろうから、それに備えてそれなりに意識して貯めとく必要もなるなぁ、と。
 そんな事言いながら、叫ぶチキンとか買ってるんだから、そりゃ金使ってるよね、って事になるんだけど。このチキンで演奏できるくらいになれば、元取れる様になるかな?





家計簿

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 自分は今、職場で財務の仕事をやらされている。財務の資格も経験もなく、その仕事を希望して今の職場に入った訳でもないのだが、前の奴が去年、いきなり辞めたので、その後釜に据えられたのだ。他にやれる人数もなく、断るには自分も辞める他方法がなかったので、まだ辞める訳にはいかないから、結局引き受けた。以来、出来る限り仕事を覚える様に心がけつつも、何かの度に五里霧中で右往左往させられている。
 財務の仕事をしてて一番大事に感じるのは、とにかく正確性という事だ。入ってきたお金、出て行ったお金、それらを日付、金額、摘要、勘定項目、全て間違いなく記載していく。これが財務の仕事の第一歩なのである。あとでやったらええわとか、そんなのは通用しない。出勤した時は必ず、なんらかの入出金があった時は、記載する。まとめてやろうとすると、忘れたり漏れたり、そういう事故が起こって、あとでえらい目に遭うのである。
 さて、昨日に引き続き、嫁さんの家計簿の話しなのだが、とにかく記載漏れ、記載間違いが多い。狂った帳簿を再計算して整えても、後からあれはー、というのが頻々と出てくる。その度に計算する。つじつま合わせをする。それを説明する。すると、それはー、と来る。いい加減頭に来る。怒られてる方は何で怒られてるか分からない。原因は、ちゃんと帳簿を付けてないからなのだ。
 財務の仕事をしてる人なら分かると思うが、どんなに正確に記帳してても、予算編成の都合で後で勘定項目を変更する、つまり解釈するということはままある。個人の家計簿においても、どうしても不明金が出る、使途が分からないものがでる、繰越し額が合わない、等々の不備が出る。それをうまい具合に、現金残高や口座残高にあわせて帳簿の方を弄るという事がある。正確性の高い帳簿で、それ付けてる人もしっかりしてれば、操作は比較的楽なのだが、「おうちを聞いてもわからない、名前を聞いてもわからない」といったのが相手だと、いくら精査してくれと頼まれても、お手上げである。
 そんなこんなで二夜に渡ってガミガミ言ってたのだが、他の家ではこうした話しはどうなってるのだろう。自分は財務の仕事をするはるか以前から、1円単位まで残高と帳簿を合わせる様にしてたのだが、他のところでは総排出膣的などんぶり勘定が主流なのだろうか。何となくお金が余ったー、何となくお金が足りんー、といった感じなのだろうか。もしかしたら、自分が細かすぎるのだろうか。誠に残念ながら、有り余る金がある訳でもなく、限られたリソースを有効活用するために、自分の金の動きや流れは、1円単位まで把握しないと気が済まないのだが、それは自分くらいなもんなんろうか。だとすると、嫁さんからこの二夜で相当恨まれた事になる。「クソたにし、死ね」くらいに思われてるかもしれん。




のり弁

2020-04-05 14.08.10
■30年後の今でも様々な影響を俺に与え続けている漫画、前川つかさの「大東京ビンボー生活マニュアル」
(本棚持ち歩き隊! 

 のり弁の存在は、前川つかさの『大東京ビンボー生活マニュアル』で東京に出てくる前から知っていたのであるが、そののり弁を食べたのは、今日が初めてなのである。嫁さんが「ほっともっとの弁当を食べたい」と言い出して、コロナ自粛で顔突き合わせてる時間も長く、コロナDVとまで行かなくても、それなりにストレスもあろうから、まぁいう事聞いたのである。ほっともっとには他にもメニューがあるのであるが、となれば、のり弁以外に目が向かないのは、この漫画のお陰というか、影響である。
 この漫画で描かれたのり弁は、いわゆるほっかほっか亭のであろうが、ウチの近所にはほっともっとしかない。なんだかよく分からん経緯で喧嘩別れしたらしいが、そのせいなのか、ほっともっとののり弁はコロッケでなく白身魚のフライである。白身魚のフライが好きな自分にとっては、こっちの方が嬉しい。本来なら、白身魚とちくわ天の300円のを買うべきだったが、鶏の唐揚げとメンチカツに惹かれて、90円高い特のりタル弁当を頼んだ。嫁さんは牛すき海老天重を頼んだが、写真の通り、ボリュームはのり弁の方が上である。まぁ、揚げ物メインではあるが。
 ところで、こののり弁を食べるのが今回初めて、というのには理由がある。その第一は、自分が住んでた所には、ほっともっとなりほっかほっか亭がなかった、という事。これでは買いようがない。しかし、それ以上に問題だったのが第二の理由、もっぱら経済的な理由であった。
 自分が東京に出てきたばかりの頃、夜勤の交通警備のバイトをしていたのであるが、これは天気にも左右される仕事で、月に大体16.5万円くらいしか稼げなかった。そして、それの使い道が以下の通りである。

貯金 100,000円
家賃 21,000円
風呂代 4,000円
洗濯代 2,000円
光熱費 3,000円
食費 30,000円
予備 5,000円

 16万そこらの収入で10万も貯金するなんてのは、無計画もいいところなのであるが、とにかく当時はうっかり都落ちなんかにならない様に、とにかくお金貯める事が大事と感じていたのだ。そして残ったお金をどう切り詰めても、上の表が精一杯で、外食なんてのは、月に一度、400円の牛丼大盛りを食べるのが精一杯だったのである。
 その後、季節は冬になり夜勤の寒さに耐えかねて交通警備のバイトはやめ、今度は一流ホテルの洗い場のバイトに移ったのだが、こっちは10時から22時までの勤務で従業員食堂での昼夕の食事が出て、月に30万円稼げる仕事だった。時代はバブル時代だったのである。となると、もはや食うものに困る事もなく、それまで飯盒でメシを炊いていたのもやめ、腹が減れば好きなものを食える様になった。おそらく、近所にほか弁屋があれば買ってたであろうが、なかった事もあって買う機会もなく、今日までやってきたのである。
 さて、今日食べたのり弁であるが、確かにその名に(逆の意味で)ふさわしくなくボリュームのある内容であったが、フライ物ならスーパーの惣菜でも買えるし、冷凍食品を揚げても良い訳で、わざわざ弁当屋に買いに行くほどでもないかなー、というのが率直な感想であった。30年になんなんとする自炊生活を経て、「店屋物より自炊の方が安上がり」という主婦的感覚が、こってりと身に沁みているのである。





お片づけ

2020-04-04 13.18.58
ビフォー

 この週末は3連休。天気もとても良くて、練習日和なのであるが、例のコロナ騒ぎで不急不要の外出は避けよ、というから、どうにも出かける気になれない。オフロードのコースなんか、感染したり感染させたり、なんてのはないと思うのだが、まぁ、気分というのは伝染するのである。
 何もしないというのも勿体ないので、昨日は嫁さんのバイクの整備、今日は庭のはなれにある倉庫の整頓をやった。今の家を買う時に、その大きさ(たにし実家の街の基準では金持ちの家クラス)もさる事ながら、庭にはなれがあるのが決定打だった。それまで、6畳+3畳+台所のせっまい賃貸マンションで、ロクにバイク関係の荷物も収納できず、コンテナにいれて積み重ねていたのだ。はなれがあれば、そっちに全部収める事が出来る。これは有難い。
 という訳で、バイク関係からアウトドア関係の装備や荷物は、片っ端から入れているのだが、普段はあまり立ち入らないので、荷物は入れっぱなし、という事になる。しかも、入り口のドアに近い所にポンと置いてそのまんま、という事も多いので、入り口が狭くなっても来た。さらには、去年の年末から今年の初めにかけて、CRF450RXとXR230の備品が出て行き、代わりにクロトレとTT-R125の装備が入ってきて、結構中がごちゃってたのである。
 とまぁ、そんな具合で、暇にかせて整頓開始。新小岩の賃貸マンション時代から使ってた組み立て式のカラーボックス(新小岩時代はテレビ台として使ってた)は、中身で新小岩時代の靴箱に移して、自宅の2階の自室に移動。これで自室の収容力はアップ。で、バイクの部品はクロトレ(これはBATEのパワーパーツの箱をそのまま使用)とTT-R125にちゃんと訳で整頓して収納し、要らん箱は潰して次の資源ごみの日に出す。倉庫のドアのすぐ側に置いていたファイヤーボックス用の薪を入れた箱は、倉庫の奥の空いたスペースに大半を移動。すぐ使う分だけ手前に置いた。
 そんなこんなで小一時間ほど作業して、倉庫の中はそれなりにスッキリして地面が見えた。地面が見えたのは結構だが、一体どこから入り込むのか、ダンゴムシの死骸がころころ転がってて、それも箒で掃いて作業完了。これでバイクのオイル交換だの洗車だので、物を出すのに抜き足差し足しなくて済む。
 しかし、前から気になっているのだが、このプレハブ小屋、一体どんな目的で建てたれたのだろう。はなれとして使うには冷暖房がなくてつらそうだし、倉庫として使うにしては立派な気がする。そもそも家そのものも大きくて部屋数も多いから、はなれが必要だったとも思えない。まぁ、庭も無駄に広いので、だったら部屋作るかーってとこだったのかもしれないが、今となっては確かめようもないのである。

2020-04-04 14.42.05
アフター





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