たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

雑記

\(・ω・\)SAN値!(/・ω・)/ピンチ!

2021-04-03 21.35.01
 毎年、この時期になると憂鬱になる。というのも、職場の会計監査の時期なのだ。2年前に経理担当にされてから、右往左往の日々なのだが、それでもどうにか日常の業務はどうにか出来る様になってきた。ところが、どっかしらに落とし穴とか時限爆弾がセットされてて、それが半年くらいしてから爆発する。
 昨日もそんな事があったのだが、まぁ、自分が悪いと言えばそれまでだし、そんなん聞いてないとか、そんなんもう忘れたとか、まぁ色々あって、憂鬱な気分になった。去年の秋に、血反吐はいて入院したのも、直接の原因は去年の会計監査だったと思う。今年も血反吐や血便出さなきゃいいけど。
 昨日、嫁はんから「2年ほど前はそこそこだったのに、何で今はこうなったのか」と聞かれた。レースの事なのだが、2018年の春先頃までは、ハードエンデューロに出よかというほど覇気があったのに、その翌年くらいから、出たと思ったら怪我するとか、走り続ける気力がないとか、そういうので途中棄権というのが増えた。技量の問題以外というか、以前の問題である。
 原因は自分にもよく分からないのだが、現象的なものを振り返ると、2018年に日野HEDで足打った所が蜂窩織炎になって入院して、当時の職場の上司からかなりプレッシャーをかけられ(それこそ心療内科で処方してもらうほど)、その秋に経理担当をやらされる事になり、2019年春に上司が交代し(経理の仕事の引き継ぎが不十分でえらい目に)、2020年、つまり去年、会計監査からずっと体調不良で、結局秋に入院、といった具合である。
 仕事クビになるとか、解雇争議闘うとか、そんな人生伸るか反るかといった瀬戸際かつ波乱万丈な生き様でなかったにせよ、地味にSAN値が削られる日々だった訳だ。ぶっちゃけ、レースなんか参加するだけで目一杯、五体満足で帰って来たら上出来、そんな感じだった。まぁ、歳も50を過ぎて、いろいろ脆くなったり余裕がなくなったのも無関係じゃないだろう。
 まぁ、こんなもん、どうやって対策したらええのか、という話しであるが、確実に言えてるのは、仕事の上で色々(結果として)間違いや落とし穴があるとしても、それが原因で恣意的解雇されたりする様な目には遭わないだろうし、こっちも別にいい加減な事してるつもりはないので(結果としてはいい加減なことになってる場合もあるが)、何か問題が起こった時は、それは学習の機会と考えて、ドーンと構えてクヨクヨしない事が、一番の対策ではなかろうか。要するに、気持ちも問題である。









親子の会話

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 実家の親父は、たいてい間の悪い時間に電話してくるもので、外食で箸に手をつけたばっかとか、人に会ってる時とか、よりにもよってそういう時に、見透かしたかの様に電話してくる。まぁ、ワザとでないだろうけど、おちおち話し出来ないこともままある。昨日は珍しく、家でボケっとしてる時に電話かかってきたのだが、その実、大した用事はないのである。まぁ、そんなもんであろうが。
 で、その会話の中で、エンジンオイルの話しが出た。親父はローバーニミに乗っているのだが、そのオイル交換をローバー専門店でやって貰うと、オイル代だの工賃だのが高いというのだ。まぁ、整備士の免許も持ってて、現役の運ちゃんやってる時はトラックのオイルも自分で交換してたのだから、高い金取られるのは馬鹿臭く感じるのだろう。だったら自分でやりゃ良さそうなもんだが、廃オイルの処理に困るという。だったら、ガソリンスタンドにでも持っていけばどう?と言ったら、そう言う手は知らなかったみたいで、驚いてた。ガソスタも場所によっては、引き取ってくれたりくれなかったりするが、物は試しで聞いてみるもんである。田舎の方だったら、案外引き取ってくれたりするものである。
 横道にそれた。エンジンオイルの話しだが、妹者の旦那と、「安いオイルで頻繁に替えた方が良いのか、高いオイルで長持ちさせた方が良いのか」という例の話しをよくする、というのだ。それに対する回答は、間違いなく後者である。



 その理由を、この記事の冒頭に引用した、先の大戦でのアメリカの対日石油禁輸の例で説明した。説明としては間違ってないし、体感的にも高性能な燃料や潤滑油は、即、戦力に関わる事も、体感的に説明したのであるが、それを喋りながら、「相変わらず子供っぽいな、と思われてないかな」と思ってた。というのも、自分は子供のころは、日本海軍が今も存在してると思い込むミリタリーなガキだったし、中学の頃からはサバゲーなんかやって、ミリミリしたアホだった。それが50歳も過ぎて、持ち出した例がこれまた軍事関連であるから、「相変わらず」と思われたかもしれん事を気にしたのだ。
 例えば、レースを例に持ち出しても良かったのだが、安いオイルと高いオイルの違いが分からん人にとっては、例えがレースであれ戦争であれ、衒学的に見えたに違いない。戦闘機であれバイクであれ、内燃機関を使っている以上は、同じ様な説明になる。なので、他に言いようがなかったのであるが、やっぱり子供の頃から自分を知ってる人を相手となると、その点が気になったのだ。
 ちなみに、急激な機動をしない乗り物なら、別に指定オイルでええんちゃうかー、というのを忘れなかった。自分だって、トランポにはリッター1000円くらいのオイルを入れているのである。









腹エコー

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 今日は職場の健康診断。これまで、ずっとバリウムを飲んでいたが、今回から胃カメラに変えた。ぶっちゃけ、バリウム飲むのも不快だし、NASAの宇宙飛行士の訓練かと思う様な台で逆さにされるのも嫌だし、その後下剤飲んで出すのも面倒である。胃カメラは15年ほど前に、京都で胃痛で倒れた時に飲まされて、これはこれで大概な体験だったが、まだそっちの方がマシな気がしてきたからだ。
 そのバリウムや胃カメラよりも苦痛というか苦行なのは、腹エコーである。あれだけは耐え難い。そもそも人に腹触られるのが嫌なのである。なぜなら、こそばいからである。猫だって、腹触られるのが大丈夫なやつと、全力で抵抗してくる奴がいるが、抵抗してくる奴はきっとこそばいのだ。自分も猫なら手足の爪を立てて抵抗するところであるが、いかんせん、自分の健診であるだけに、大人しくするほかない。
 しかし、大人しくしろと言われても、無理である。あのエコーの器具がゾゾゾと脇腹を動いた時などは、もうこそばくてこそばくて、吹き出さずにいられない。力を抜けと言われても、全力で腹筋に力が入る。そこへ持ってきて、思いっきり息を吸って止めろはまだ我慢できるとして、思いっきり吐いて止めろは、いつまで経っても吸えと言われないので、我慢しきれず「ブホっ」となってやり直しになる。本当にシャレならんくらいの苦行なのである。
 それに比べたら、今の胃カメラというのは、楽チンになったもんだ。時間もバリウムの半分くらいしかないんじゃないか。しかもバリウムよりも鮮明に、すぐに結果もわかる。去年の11月の十二指腸潰瘍も治った後が直ぐわかる素晴らしさである。まぁ、これまでは、腹エコーとバリウムの両方で辛抱を強いられてきたが、来年からは一つだけ耐えれば良い様なものである。









今朝見た夢

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 ファイングリシンを飲む様になってから、それなりに良く寝れる様になったのだが、それでも何やかんやで変な夢は見ている。ただ、寝起きにドドーっと疲れてる、という事があまり無いだけである。それでもファイングリシン飲むの忘れて寝ると、どエライ夢みて朝からしんどいという事があるから、まぁ飲むと飲まんとでは大違いなわけだ。
 さて、今朝もけったいな夢を見たのであるが、この夢は自分としてはかなり珍しい新作である。というのも、「小学生頃に前世の記憶が蘇った夢」であったからだ。正しくは、今の自分の記憶を持った別の子に生まれ変わった、という事である。自分の小学生の頃に戻った、という事ではないらしい。これは自分としては、極めて異例な例である。
 というのも、自分は人生をやり直したいと思った事が一度もない。あの時ああしときゃ良かったな、と思った事もない。そういう意味での後悔がない。というのも、自分のこれまでの人生は、すべからく自分の意思と決心と責任で選択してきた、という自負があるからだ。ぶっちゃけた話し、若い頃は不遇だと思ってたし、何かしら騙し取られた様な気分をずっと持っていたが、それでさえも、自分の決断において責任持ってやってきた人生であるから、やり直したいという気持ちが全然ないのである。
 その様な訳だから、もし仮に人生をやり直すにしても、似たり寄ったりの事をやるであろうし、仮にこれまでの経験の記憶を持ったまま若返っても、細々した事は修正しても、大まかな事はやはり同じ選択をすると思う。例えば、30代の争議は、やはり闘うと思うのである。
 その様な気持ちがあったからだろうか、夢を見ている時は、物凄く冷めた感じであった。何もかもがお見通しの気分で、何も面白くない。ただ、嫌とかいう気持ちもなく、何も考えずに小学校の机に座っていたところで、花粉症で息苦しくて目が覚めた。









Zopf

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 昨日、松戸のZopfというパン屋に行ってきた。ウチの近所でライ麦80%以上のパンを扱っているのは、このZopfともう一軒、PAOというこれも松戸の店の、2軒しかないからだ。松戸までは四街道のウチから、車で小一時間である。PAOの方は木曜日が休みという事で、Zopfの方だけ行く事にした。
 調べてみると、専用駐車場があって、しかも結構な台数を停めれる。その時点では、「流石に田舎だから駐車場広いのかな」くらいしか思っていなかったのだが、現地に着いてみてびっくりした。長蛇の列なのである。店自体は0700時から開いているらしいが、自分が買おうと思っているライ麦パンは、焼き上がりが1000時という事で、その時間を狙って行ったのであるが、まさか列が出来ているとは思わなかった。
 聞くところによると、このZopfという店は、パン好きの人にとっては聖地みたいな店だそうで、木嶋佳苗も贔屓にしてたとか。まぁ、ドイツのパンっておしゃれなイメージではないのだが、買いに来てたお客の6〜7割は女性だったので、女性受けする店なのかもしれない。
 長蛇の列が出来ていたのは、店が狭いせいもあるだろうし、コロナの影響で入店制限をしてたせいでもあるみたいだった。まぁ、どっちにせよ、あんだけの人数がどっと入ったら身動き取れなくなる。昨日は紀元節で休日だったのだが、平日はそれほど混まないという。何にしても、あれだけの台数が停めれる駐車場が必要なのには、訳があったのだ。
 さて、自分が目当てとしたのは、ライ麦70%のベルリーナラントブロート、80%のフォルコンブロート、90%のベーマバルトブロートだったのだが、自分が入った時にはフォルコンブロートしかなくて、仕方なしにそれとライ麦40%のヨーグルトライを買って帰った。まぁ、あらかじめ注文しておけば、作っておいてくれたみたいだ。
 さて、帰って早速食べてみたのだが、ヨーグルトライは40%だけあって、ちょっと軽い感じ。ライ麦パンっぽいのが食べたい人には良いかもしれない。80%のフォルコンブロートは、切った断面は自分がこれまでこさえてきた粗製コミスブロートとよく似ているし、表面の硬さも身の弾力もやや柔らかい程度でよく似ている。しかし味の方は、「これがサワー種使ったやつかー」といった酸味があって、普段自分が作っているものとは別ものである。酸味があるといっても、激スッパという感じじゃなくて、ほんのり酸い感じ。噛めば噛むほど味が出る様な。
 今回、わざわざ松戸くんだりまで出向いたのは、今度、サワー種を起こして、サワードウからコミスブロートと作ろうとしてて、その味の参考にするためだった。そんな目的のために、あの店に並んだのは、あの日は自分くらいなもんであろうと思うが、あんな所に店があっても、確固たる技術と味のある店は、客を惹きつけるんだな、と感じた。この点、バイク屋も全く同じである。











フードプロセッサー


 こないだ、りんごを絞るのにミキサーが使えると思ったら、実はそういう用途には使えないと言われて、軽くショックを受けたのであるが、そういう用途にはフードプロセッサーを使うのだそうな。と言われても、そんな道具使ったことがないので、実は今ひとつ、ピンと来なかった。
 それがピンと来たのが、ベーコンジャムの作り方を紹介した動画をみた時なのだが、要するに食材をみじん切りする道具なのだな。実は、嫁はんと結婚した当初、「ブンブンチョッパー」なる道具を買ってくれと言われ、言われるがままに買ったのであるが、それは手動で食材をみじん切りする道具だった。その電動版という訳だ。
 早速嫁はんが買って欲しいそうな事をいうので、買えば何作ってくれるのかと聞くと、餃子だのハンバーグだのと言い出した。ぶっちゃけ、餃子は買った方が楽だし、ハンバーグに使うミンチ肉は売ってるし(実際、ブンブンチョッパーで肉をミンチにしてる所は見た事ない)、その程度のことなら、別にsフードプロセッサーを買うほどの事もない。自分も一人暮らし始めて30年近く、食材をみじん切りする様な用事は、数えるほどしかないのである。
 自分が玉ねぎのみじん切りの仕方を覚えたのは、とあるホテルの従業員食堂で働いた時だったが、真面目にみじん切りにしようと思ったら、結構手間だったのを覚えている。まぁ、そりゃフードプロセッサーがあった方が楽だし便利だ。
 フードプロセッサーは、離乳食とか流動食を作るのにも使われるらしい。もっとも、歯はまだしっかりしてるので、流動食の用事はない。要するに、ハンドミキサーを買った時の様に、「これはあれば便利!」と感じれる用事がない限り、なかなか買おうと決心するに足りないのだ。
 もっとも、今年は嫁はんが自分のPCを壊してしまい、今年使って良い予算で買い直したので、もう余計な物を買う余裕がない。それこそ、新型コロナの自粛に伴う給付金がまた出るならともかく、不要不急の買い物は出来ないのである。









4時間待ちぼうけ

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 昨日、嫁はんの初めての運転免許の書き換えで、千葉の運転免許センターに行ってきた。初回の更新では講習が2時間という事で、結構長い。自分の時もそうだったのか、もう30年も前の話しなので覚えてない。ただ、千葉の運転免許センターは、東京の東陽町と違って、結構「待たせる」免許センターなのは、去年の自分の書き換えの時に経験済みである。
 午後の1300時からの受付をする為に、1245時頃に免許センターに着いたのだが、いつもなら建物の中で並んで待つのが、今回は外でズララと待たされていた。どうやらコロナの影響で、外で待たす事にしたらしい。整理券が渡されて、呼ばれた順に中に入って手続きするらしい。嫁はんの整理券は1330時から受付開始、という事になっていた。建物には免許の書き換えの当人しか入れない事になっていて、売店も閉店中。自分は駐車場のトランポで待つ事になった。まぁ、遅くとも1600時過ぎには帰れるだろうと思っていた。
 ところが、その1600時を回っても出てくる様子がない。しびれを切らして嫁はんにLINEを飛ばしたら、まだ1時間かかるという。一体なにをしとるのか。あとで聞いたところによると、講習は1500時から始まったとのこと。そりゃ、1600時に終わるはずがない。こんなに待たされると分かってたなら、一旦ウチに帰って自分の用事をすれば良かった。流石に4時間、運転席にじっとしてたのは退屈すぎたし、せっかくの休みが無駄になってしまった。
 しかし、どうして千葉の免許センターは時間食うのか。コロナの影響で人員を間引いているのだろうか。それでも更新にくる人の数は普段通りだから、さばくのに時間かかったのだろうか。あと、千葉の免許センターには、流山の免許センターの近所以外の人が全部集まるだろうから、必然的に人の数も多いのかもしれない。にしても、長らく東陽町で免許更新してた自分からすると、時間かかるなーというイメージである。まぁ、2〜3年に一度の事だから、文句言っても始まらないのだが。

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次回は嫁はん一人で行かすかなー









よき休日

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 今年の年末年始は、当初の予定では29日から3日までが休みで、31日から2日まで帰省するつもりで予定を組んでいた。それが新型コロナの影響で28日からの休みになり、帰省は取りやめ。つまり、まるまる6日間休みということになった。
 流石にもったいないという事で、30日に練習に出向いたのだが、コースに着いた途端に雨が降り出して、やる気なくして、TOYZの関宿ファクトリーの工事の手伝いに行く事に。そのあとは、まったく予定がなくなってしまった。
 一応、犬吠埼に初日の出でも見に行こうかと思ったのだが、混雑が予想される上に交通規制もあって路駐もお断り、その前にこんなご時世だから来るなってのが見え見えの案内で、行く気をなくしてしまった。有名どころの神社仏閣もそんな感じで、年越しのカウンドダウン的なものも今年は一切「やめてくれ」といった雰囲気である。その割には、洗車場やスーパー銭湯は大賑わいだったのから、やっぱりお出かけしたい気分は、みんなどこかしらにはあったという事だ。
 その後、ちょこちょこと買い物には出かけたが、初詣行ったりする気はこれっぽっちもなく、練習も行こうという気持ちとダラダラしたい気持ちがせめぎ合い、結局とうとう最終日の今日に至っては、猫の毛布を被ってソファーで寝て、起きたらその毛布に猫入れてテレビ見てる始末である。もっとも、昔から毛布かぶって寝てしまうのが好きな質なので、無駄に過ごした感は全然なかったのだが。
 思えば去年はずっとカリカリしてて、何かしら忙しなく、あまり気持ちに余裕を持てなかった。あれこれ建設的かつ効率的に物事を進めるのは、気分の良い事でもあるし成果もあるのであるが、それを狙って、かえって摩擦が多い一年であった様に思う。
 「光陰惜むべし、是を流水に譬ふと云へり」とはいうが、別に流水に身を任せて流されているだけではない。むしろ、流水に逆らって己が意思で頑張っているのだから、疲れもすれば、へばりもする。6日間くらいダラダラしてても良いではないか。

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明日から頑張る










今年も一年

 まぁ、今年の世間さまでの一番の話題は、新型コロナウィルスなんだろうけど、自分的には5月の監査で詰められて、おそらくそれがキッカケで十二指腸に潰瘍できたのを手始めに、体調がずっと優れずレースもまともに走れず、夏は暑いわ夜はよく寝れんわ、いっつもしんどいわ、でもトランポの入れ替えはあるわで、体調回復の対策を取ったものの、結局間に合わず下血&吐血でうっかり死にかけて入院したらケロっと治って、矢継ぎ早にみりんの尻尾が千切れかけて、クリスマスケーキの残り全部食われて、ピロリ菌が陽性気味という事で除菌でビチビチ、といった具合の一年だった。良かったんだか悪かったんだかよく分からん一年だった訳だけど、世間さまの騒動を見るにつけ、大した事はなかったんだろうな、と思う。
 こないだ、うちの職場から、コロナで職や住む所を無くした人の相談会って事で、日比谷公園に部隊が出動したらしいが、こんなのは2008年の年越し派遣村以来である。2008年は、自分はその前年に今の職場に入っていたので、派遣村の様子を職場でテレビで見てたのだが、自分も下手してたら、炊き出しをすすってても不思議はなかった。そうならなかったのは、本当に奇跡としか言い様のない運があったからである。そして、新型コロナウィルスが、病気そのものよりも社会的不安と不況によってこの世にダメージを与えてる今も、自分はなんら被害を受けずに一年を終えようとしている。職を失った人が、年越しどころでないのと比べれば、上にあげた様なあれやこれや、本当に大した事がない。結局のところは、何とかなっているし、金で解決できたりしている。
 来年のことはどうなるか、誰にも分からないのだが、確実に言えてるのは、自分自身は色々衰えてくるであろうし、今年よりも来年の方が好調、なんてのはないだろうという事。まぁ、それはそれで仕方ない事なので、いかに上手く付き合っていくか、そんな感じな一年になりそうな予感である。

2021年賀状










全ては片付いた

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 懸案だった年末調整の作業は、今日、給与支払報告書を各市区役場に発送して、全て無事終わった。一人でやるのは今回が初めてで、去年習ったメモを見ながらやりつつも、一年ぶりの事で忘れてたり、聞き漏らしてたりしたところもあって、結構悩ましかったのであるが、それでも間違う事なく終えた。もっとも、何か間違いがあっても、直ぐには現れず、半年後くらいにひょっこり出てきたりするので、安心はならない。しかし、ともかく今はやり終えた。これで安心して年越しを迎えられる。
 先月、十二指腸からの出血で急に倒れて入院したのだが、その発端は、5月の監査の時に、飯も喉に通らんほどに詰められたのが発端だと思う。その後も、未収金の回収でいい加減な対応されてブチ切れたり、こっちの見落としで領収済みのを未収に計上していたり、その後も細々した事で、嫌になったりウンザリしたり、ともかく必死にやってきた。
 それに加えて、今年は暑かったり眠りが浅かったり、トランポの入れ替えがあったり、とにかくしんどい一年だった。無論、手をこまねいていた訳でなく、仕事の上ではチェック体制を再構築したり、睡眠改善薬を飲む様にしたりと、対策は取る様にしていた。けど、溜まり溜まった疲労とストレスは、とうとう一気に噴出する格好でしか解決できなかった訳だ。あれほど劇的に大ごとになった割には、今は平気な感じであるが、あれはなるべくしてなり、またならなければならない事件だったんだろうと思う。
 しかしまぁ、何事も経験である。年末調整の作業の流れは、おおよそマスター出来た。来年はもっと余裕もってやれるだろう。ともあれ、もう終わったのだ。あと2日出勤したら、今年のお仕事は全部終わり。安心して年越しを迎えられる。もう心置きなく何して遊ぶか考えてて良いのだ。









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