たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

雑感

クラウドファンディング

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 自分が時代遅れなのだと思うが、最近、飼い猫の治療費を見ず知らずの人からの募金で賄う動きが活発である。クラウドファンディング、いわゆるクラファンという奴である。何か事業を起こすために出資を募るとか、あるいは恵まれない人に募金する、といった事は、人間の営みの中で大昔からある事であるが、飼い猫の為に募金を募り、かつそれに100万も集まるといった現象に、自分はちょっと奇異なものを感じている。
 有名なこぼれ話しだが、とある女性が飼っていたハムスターが死にかけて、医者に診せたら、治す為には目の飛び出すような治療費が掛かると分かった。その話しを母親にしたら、それまで気の毒がっていた母親が「ハム吉には死んで貰いなさい」と宣った、という話しである。その治療費で、一体何匹のハムスターが買えるか、という事を考えたら、当然の帰結である。
 自分は、両足の怪我が治らない野良ヒマラヤンを実家の親父に押し付けた事があるのであるが、親父はそのヒマラヤンを大層可愛がって、結局死ぬまでの4年間に100万円以上の治療費を払ったという。100万もあればヒマラヤンの子猫が5匹は買えそうなもんだが、後悔してないと言う。思い入れの強さと言うのは、そう言うもんであろう。
 といっても、それは金があったればの話しであって、無ければ出せないのは当然であるし、もちろん助ける事は出来ない。金の有る無しは、自分の甲斐性の問題であるから、無くて困るのも恨むのも、自分自身、と言う風に自分は認識してきた。が、最近はそうでもないのかな。
 人のやる事に口出しする気はないし、金出す気もないから口出しする権利もないのだけど、それでもやっぱり、自分の事は自分でやったらどうなんだろ、と思う。それが社会的に意義のある事ならともかく、純粋にプライベートな事なんだし。それとも、こう言う考え方は、酷薄なんだろうか。見ず知らずの人の猫の為にお金出すのが、今日の慈愛の表し方なんだろうか。






目的による取捨

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 今朝、とあるツイートが気になったので、それに関するツイートをしたら、反応が大きかったので、改めて自分の考えというか、思いを書こうと思う。
 猫垢もフォロワーさんが1600人を超えると、色んな人がいるもので、悲惨な目に遭った猫の保護活動をしている人もいれば、難病に罹った飼い猫の治療費の募金を募る人もいるし、可愛がってた猫が死ねば花一杯の亡骸の写真を載せる人もいる。誰も彼も、好きな猫の為に必死で頑張っている人達だ。頑張りには頭が下がるし、不安や悲しみには共感するのであるが、毎日毎日そうした画像やツイートを見てたら、気が滅入るのも事実である。
 ツイッターをやってる目的は、人それぞれだと思うのだが、上記に挙げた様な事を目的にしている人もいれば、「ウチの猫可愛いから見て!」って人もいるだろうし、「猫飼えないから、飼ってる人の猫見たい!」って人もいるだろう。そう言う人にとって、悲惨な猫の写真や、支援の要請というのは、はっきり言えば自分の目的と合致しない、不必要な情報である。なるほど、可愛そうとか、頑張ってるとか、そうした無下に出来ない話しだけに、そっぽ向くのは気が咎める気がするのだが、だからどうしろというのだ、というのが本音のところだと思う。
 だから、自分は、あまりにも度重なる人の場合は、ミュートするのを勧めている。SNSと言うのは、共感する場であって、共感できないものはしなくて良いのだ。逆の見方では、様々な情報の中から、自分に必要な情報を拾い集めてくる場なのだ。そうした取捨が、ユーザーに求められているのだと、自分は考えている。
 そう言う取捨をせず、自分の目的を果たせず、辞めてしまうと言うのは、ちょっと勿体ないな、と言うのが自分の主な考えである。





嫌な事から逃げたら行かんのや

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 経理の仕事に回されてから、「大体は半年後に爆発する時限爆弾」を抱える様になった。時限爆弾というか、ブービートラップの様なもんで、気を付けてても足を引っ掛けてしまう様な性質である。別に志望した訳でもないのだが、嫌やからと言って仕事辞める訳にも行かん。そんな事しても先がないのだから、薄氷の上を爪先立ちで歩いて行かんと行かん。爆弾が爆発したら、その後始末もせな行かん。嫌な事も辛抱せないかんのだ。
 そこでいつも思うのは、物心ついた時から、オカンが口酸っぱく「嫌な事から逃げたらいかん」と言ってた事だ。嫌な事から逃げたいというのは当たり前の感情だけど、それから逃げてもまた次に嫌な事が来る。逃げれてるうちは華やけど、いよいよ逃げられん様になった時、取り返しがつかん様になってるもんや、というのだ。それを言われてれた時は、実はあまりピンと来なかった。しかし、子供であっても嫌な事はあるし、それから逃げたくても親がそうはさせない。ただ単に「逃げるな」というだけでなく、色々知恵も付けてくれたお陰で、学校行きたくないだの、仕事行きたくないだのと言った、腰抜けな人間にはならずに済んだ。
 自分はこうして「昔の人間」に育てられたお陰かせいか、昔風の人間に育ってしまったのだが、最近は
「嫌な事から逃げろ」という風潮が強い様な気がする。「逃げるが勝ち」という言葉は昔からあるのだが、それとはちょっとニュアンスが違う様な、そんな気がする。世の中には、別にせんでもエエ事も結構あって、そういうのからは別に逃げようがサボろうが差し支えないのだが、ここ一番、頑張らないかんと言った事からは、逃げたらいかん。例えは悪いが、交通事故起こして人はねたのに、その場から逃げる事を考えたら、理解出来るんじゃないかな。つまり、責任が掛かってくる場合は、逃げたらいかんのだ。
 ブラック企業で心身ともに壊れそうになって退職する。これも逃げの一つであるが、この場合の責任というのは、無職になって生活の糧を失う事である。しかし、それ以上に損失が大きいから逃げるが勝ちになる。不登校(という言い方は間違いである。登校拒否と言うべきである)も同様である。自己の責任と損失を天秤にかけたとき、損失の方が大きい場合、「逃げるが勝ち」になるんだろうと思う。
 しかし、責任というのは、往々にして自分一人で完結するものではなくて、相手や仲間や家族が絡んで来る。無職になって、家族もろとも路頭に迷う様な無責任は、やっぱり出来ない。だから嫌な仕事でも行かないかん。これが「嫌な事から逃げたらいかん」というオカンの躾に繋がってくるのだ。

 楽しい時間も嫌な時間も、同じ一分一秒である。その瞬間は、猛烈に嫌だろう。首括りたくなるだろう。でも、そうした時間も過ぎ去っていく。現に今日の嫌な事は、3時間前の話しである。真摯に向き合った結果、それ相応の片付き方がした。おそらく、来年には記憶の片隅になっていると思う。




孤独の為せる

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(2017.11.02 erva)

 朝、猫垢を見て一番最初に目に飛び込んで来たのが、多頭飼い崩壊の現場の動画で、起き抜けから四門出遊みたいな気分になってしまった。正味の話し、猫に関しては、面白いのか可愛いのしか見たくないので、多頭飼い崩壊とか虐待とか大怪我とか大病とか死んだとか、そういうのはオミットしたい気分なのだが、フォロワーさんが増えた事もあって、どうしてもそういうのが流れてくる。それらもまた、猫を飼うという行動の一分野なのである。
 多頭飼い崩壊に関しては、前々からボケ老人がゴミ屋敷作るのに近いものを感じている。ボケちゃってるんだから、もう世の常識は通用しない。他迷惑も関係がない。自分さえ良かったらエエ、という世界である。物言わぬゴミと違って、動物は生き物であるから、適切な飼育がされなければ、その結果は悲惨なものになる。ゴミ屋敷のボケ老人なら、ゴミがいくら増えても困らないのであろうが、多頭飼い崩壊の場合は、多頭飼いしてる本人が手に余って保護団体に助けを求めてくる。要するに、無責任かつ他迷惑の極みである。と言っても、ボケてないまでも、どっかしら頭の線が抜けてるか切れてるかしてる様なのが当事者だったりするので、責任の問いようが無いというのが実際のところである。
 しかし、自分も齢半世紀を超え、そうしたボケ老人の事を笑ったり責めたり出来ない様になっている。「年寄り笑うな往く道じゃ」という訳だ。松屋の券売機で店内で牛丼を頼むのに難儀する様な体たらくである。自分だって、どっかで間違えばそうなってしまう可能性があるのだ。
 という訳で、多頭飼いが崩壊してしまう原因とか理由とかを、ざっくり調べてみた。その理由は一つや二つでは無いが、この記事の最後に出てきた引用を見る限り、「貧乏で、孤独で、高齢」という寂しい奴に有り勝ちな現象、という風に感じた。特に孤独というのは、大きなファクターなんだろうなと思う。猫であっても、沢山いれば寂しさを紛らわせるのかもしれない。人形やフィギアに囲まれて生きてるよりは、相手が生き物であるだけに、まだしもそっちの方がまともそうに見える。しかし、貧乏してるから去勢避妊手術の金は出ないし、歳くって体がいう事聞きにくいから世話や掃除も不十分、と言った具合なんだろう。
 若いうちには、孤独といのは燦然たる自由の輝きに隠されて意識もしないものだが、歳とると孤独といのは色んなものを飲み込む闇となる。それは、ゴミ屋敷や多頭飼い崩壊だけでなく、孤独死の問題にも行き着く原因なのだ。ここに、高齢化時代の、何か大きな問題の矢印がうっすら見えてくるのである。






《シリーズ・ニート》親の財力

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 ニートが発生する家庭を見ていると、大抵は親が甘いとか、放置主義とか、要するに子供を締め上げてない家庭に多く発生する様に見える。総じて「甘い」のだと思うのだが、それ以外の条件としては、親にそれなりの稼ぎがあって、いわゆる穀潰しを「飼っておける余裕がある」という条件がある。言い換えれば、そうした経済的余裕がない限り、ニートなどはやりようがないと思うのである。
 実をいうと、自分にもニート期間があった。高校卒業から上京するまでの3ヶ月間。正確には上京資金をためる為にバイトに行き出した6月までの、約2ヶ月間である。小学校4年の頃から早く家を出て自立したかった自分は、親の再三再四の進学しろとの声を無視して、高校卒業と同時に東京に出ていくつもりをしていた。ところが、当時は献血して結果に異常があると献血センターから連絡が来る時代であった。肝臓数値がおかしいから診察を受けた方が良いという。かくして肝炎の可能性があるから、通院・療養せよとの指示である。こうして、望んでもいないニート生活が始まったのだ。親とも没交渉であったから、この先どうするかなんて相談はしない。親の方でも心配げに見てたそうだが、親父の「まぁ様子見てみよう」の意見で、ニート生活が始まったのである。
 ところで、たにし実家は、オカンは激烈に厳しい性格をしているが、オトンは実は優しい性格である。真夜中にプラモデル作ってて、カッターナイフで指を半分切って血が止まらなくなった時、オカンは「出血多量で死んだらええねん」と言い放ったのだが、わざわざ起きてきて止血してくれたのはオトンである。そのオトンは、「10浪してでも国公立大に行け」なんて言う人であったから、もし、自分がニート精神の持ち主であったら、この時、ニートになってたかもしれないのである。ここで凄いのは「10浪してでも」という言葉である。半分は発破かけてるのであろうが、半分はそれくらいの経済力を持ってるという自信の現れである。実際に10年も浪人されてたらたまったもんじゃないだろうが、そう言わしめるほどの力をオトンは持っていた、という事である。
 最近になってオカンから聞いた話しであるが、当時のオトンの年収は相当な額があったらしい。当時にしてその額は驚いた。まぁ、朝は5時に家出て、帰ってくるのは0時頃。そんな働きづめの生活である。さもありなんであるが、そんなごっつい稼ぎをしてたというのには、驚きである。まぁ、親に仕送りして、家のローン返しつつ次の家の金貯めて、子供二人に高等教育を受けさせようという訳だから、相当絞った家計やってた訳だ。こうした家なら、親も大甘、子供も大甘なら、引きこもりだのニートやらせられる。自分がそうならなかったのは、ハートマン軍曹を地でいくオカンが、自分が物心ついた頃にはギュウギュウに締め上げてたからで、オトンも日常的には激烈に厳しかったからである。
 ニートを生み出さない方法は二つである。穀潰しを飼う経済力が親にない事と、たにし家みたいに「鉄拳と罵声」が全てを解決する家庭である。まぁ、後者に関しては、その他にも色々要件があるが、それは書く気が起こったら、その機会に論じてみようと思う。





シリーズ:ニート

 「働いたら負け」というニートというのが有名になったのは、2004年ごろからだと思う。当時自分は激烈な解雇撤回争議の最中で、「労働して給料を貰ってない」という意味ではニート、つまり無職者と同じであったが、朝6時から夜2時までオルグだの支援活動だので寝る間もなく動き回っていて、ぶっちゃけニートというのが何者なのか、理解する事が出来なかった。
 それからしばらくして、ニートというのが、いわゆる「引きこもり」と呼ばれる実家暮らしの無職者であるという事が分かってきた。並行してパラサイト・シングルなんて言葉もあったが、そっちの方は今では廃れてしまったんじゃないだろうか。ニートであれパラサイト・シングルであれ、最近では子供部屋おじさん、つまり「こどおじ」なんて言葉もあるが、どれもこれも、自分の人生観には全く相容れぬ在り方なのである。
 というのも、自分は実に小学校4年の時点で、早く家を出て親から離れて自由になりたかったからなのだ。親が厳しかったからである。しかし先に断っておくが、いわゆる「毒親」と言うのではない。むしろ「親なればこそ」の厳しさであったのだが、それでも、警察国家というか強制収容所というか、そうした抑圧的な家庭から、早く自由になりたかったのである。将来の夢はなんであったか。「早く一人暮らしをする事」それが18歳の夏に実現した時、自分の人生の目標は早々と達成され、成人する前に早々と目標を失ったのである。
 とまぁ、そこからが本番が始まるのであるが、ともかく、ニートやら引きこもりやら、そういうのは全く信じられないのである。どうして親は子供を締め上げないのか。自分が中学生の頃は、校内暴力が下火になり家庭内暴力がはびこった時代で、あの戸塚ヨットスクールが不良や暴力少年の「この世の地獄」として伝わってきた時代だった。あのスクールは、べらぼうに高い金が掛かるらしいが、自分の子供を締め上げられない金持ちの親が、大金払ってあの校長に自分の子供を殴らせていたのである。たにし家の親はそんなアホな金の使い方をしない。ハートマン軍曹顔負けのやり方で、親の責任として自ら締め上げたのだ。自分は、ニートは親が作ると確信している。
 さて、実はここまでは前振りである。本題はここからだ。そんなニートとは対極にある自分が、結婚した相手というのが、実はニートだったのである。ネットスラング的表現をするなら、まさに「木亥火暴」といった所なのであるが、こっちも当時48歳未婚の核地雷であったから、あまり偉そうな事も贅沢も言えない。言えないのではあるが、歳の差と生き様のギャップが比較論的に面白いので、これから暇なときに、ちょいちょいテーマに扱ってみようと思う。

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座ってればまだ可愛らしいが
ウチの嫁はんは、始終寝転がってるのである





我が身を振り返る



 何か大きな買い物をする時とか、自分に転機が訪れたと感じた時、この手の動画をよく見る。この度はトランポを買い換えたので、やっぱり見返した。何度目になるかな。同じものを繰り返し見てるから、大体思うことは毎度同じだ。「自分は運が良かったな」と言う事と「自分は頑張ってたな」と言う事だ。
 この種の番組は、1998年から2008年にかけて多く作られた。落ちぶれ、やさぐれ、這い上がれなくなった人たちの物語だ。自己責任と言う言葉で片付けられてた時代だった。そして、自分もこうなってても不思議はなかった時代だったのだ。この10年間、自分は何してたのかというと、
2000年3月:会社解散、無職
2000年6月:再就職、面接の条件と違うので1ヶ月で退職
2000年10月:再就職、仕事キツすぎて1ヶ月で退職
2001年2月:再就職
2002年10月:不当解雇で争議開始
2005年8月:職場復帰断念、解決金で争議解決
2007年4月:今の職場に就職
 2000年3月の会社解散で無職になったのは、実は系列会社に移れる可能性もあったのだが、それまでの自分の扱われ方に不満を感じていて、割増退職金もらって辞める事にした。しかし、今から振り返れば、それが人生の蹉跌となっても不思議ではない決断だった。その後、簡単に行くと思った再就職が今でいうところのブラック企業ばかりで短期で辞め、就職活動も虚しく失業保険もらって引きこもってしまった。それでも奮起して就職活動を再開して、やっとこまともそうな会社に入ったが、結局不当解雇されて争議になった。
 ポイントは、そのまま泣き寝入りしないで争議を起こした事だが、そうしてなかったら、自分もホームレース人生だった可能性が高い。また拾ってくれた単産が良心的で体力があったのも運が良かった。とにかく、助けてくれる人の期待を裏切らない様、オルグを頑張った。もしかしたら、人生で一番輝いていた時代だったかもしれない。
 争議が終わると、本当にただの無職になってしまった。再就職先もないし、いくつかチャレンジしたけど、ダメ。なので、争議の時にお世話になった地区労に毎日通って、用事手伝って、文字通り飯食わせて貰っていた。そうこうしているウチに、地区労のイベントの手伝いの関係で今の職場の前の前のボスを紹介してもらい、その流れで今の職場に潜り込めた。これもまた運である。
 自分は「神の奇跡」を信じる男である。自分の努力だけでは、どうにもならない事も多い。しかし、その行き詰まった時、奇跡的なチャンスに助けられる事が多かった。「運も実力のうち」と言うが、自分はそうではないと思う。運は運なのである。
 しかし、全てが運頼み、と言う訳ではない。仮に道端に金のインゴットが落ちてたとしても、外に出歩いていなければ、それを拾うことは出来ない。活動家である必要がある。押しても引いてもダメな時に無駄あがきをしても仕方ないが、それでも基本は頑張る精神が必要なのである。自分は運を拾える条件を自分で整えていたのだろうな、と思う。
 まぁ、こう考えられるのも、今の自分が恵まれているからなんだろうな。なんのかんの言っても、ここまで落ちぶれた事はない。前にも書いたが、この手の動画を見るのは、顕微鏡越しに微生物を観察する様なもんである。





ポテトサラダを捏ねる時の音は自動車でゆっくり砂利道走った時の音

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 今朝、内科の待合室で、テレビのワイドショーが例の「ポテサラ騒動」を扱っていた。作った方が美味い買った方が美味いかとか、そんなどうでも良い様な話しから、ついには「惣菜を使った手抜きに見えないレシピ」と言った、そこまで手間掛けるなら作ったれやと思う様な話しにまで展開してて、21世紀のテレビはもう無くても良いな、と感じながら見てた。
 実のところ、この話しは漏れ聞こえてくる程度にしか知らなくて、てっきりどっかのズボラ主婦が買ってきたパックのままポテトサラダを食卓に出して、ご主人に文句垂れられた話しだと思っていた。まぁ、この手の話しは自分が子供の頃には既にあった話しである。食育という言葉が生まれる遥か以前に、もっぱら忙しい共働き家庭のお母さんに対する警句としてあったのだ。惣菜買ってくるのは仕方ないとしても、せめて器に盛りましょう、と言った話しである。
 と言った事を、うちのズボラ嫁に話しししたら、実はそうでないと言う事がわかった。そこで調べてみたら、この騒動の始まりは、このツイートだったと言う訳である。


 いやいやいやいや、これはトンだお節介ではないか。見ず知らずのジジイが、他所の家の買い物にケチつける必要がない。これが関西のおばちゃんだったら「別にあんたに買うてくれ言うてへんのに、何言うとんねや、ボケとんのけ?」くらい言い返しそうである。いや、そう言い返すのが、この問題の本質である。ポテトサラダを作るのは大変とか、作っても買っても美味しければ良いとか、そう言う問題でない。自分から言わせれば、本質のずれた所で大騒ぎになってるんじゃないのか、と思う。
 自分は、忙しい主婦が惣菜買って出す事自体には、文句は一つもない。ただ、料理とか食事というのは、ちょっとした一手間によって見栄えも感じ方も変わってくる。それに対する答えが、これだ。


 これは上に書いた、いわゆる食育の問題に対する回答でもある。自分がこの騒動を自分なりに解釈して誤解してたのは、皿に盛るのも面倒臭がる嫁はんがおったりするもので、しかもその言い草が「洗い物増えるから」と、どの口がそんな事言うとんじゃー、とたにし母なら鉄拳食らわせそうな言い分で、まぁ、どこの家にもズボラな奴はおるわなー、と思っていたからなのだ。
 もしかしたら、余計な事言うたジジイの嫁も、非常なズボラで、一日ゴロゴロして食ちゃ寝してるセイウチみたいな嫁なのかしれない。そのストレスが、ポテトサラダ買おうとしてた他人に向いたのかしれない。そうであっても、余計な一言には違いないが。

 ちなみに、自分は子供の頃、よくポテトサラダを作らされた。あっつアツのジャガイモの皮剥いて、スリコギの棒で潰して、マヨネーズ入れてくちゃくちゃ捏ねてる時の音が、砂利道を車で走る時の音に似てるなぁ、と思いながら。それほどポテトサラダ好きでもなかったのに作らされる理不尽を感じつつ、不平を言えばオカンの怒声と鉄拳が飛んでくるので、渋々やってた訳だ。なので、ポテトサラダは案外作るのが大変なのをよく知っている。ついでに言えば、今でも大して好きでないので、惣菜コーナーではマカロニサラダを買う。






同情でなく感心する

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文春オンライン

 この記事を読んで正直に感じた事は、「なかなか利口な奴だ」という事だった。こんな奴がサービス業やってるのがちょっと不思議なくらいである。むしろ、自分の秘められた才能に目覚めたのか、あるいは副業レベルでやってるのが楽しいのか。どっちにしても、目鼻のきく男である。
 昔でいうなら「闇屋」というやつであろうが、社会も会社も自分を守ってくれない世の中で、自分を生かすためには何だってやらねばならないだろう。むしろそれが出来るかどうか、というのが問題である。立場が逆になった時、自分はこの男みたいに目鼻が効いた商売ができるかどうか、分からない。途方にくれたり、政府や自治体を頼ろうとするかもしれない。実際、会社を不当解雇された時は、労働組合を頼ったくらいである。
 この男に「正義感」などないのは、この記事を読めばわかる。正義感もない代わり、悪い事をしてるという感覚もない。不用品といえども職場の物を他所で売りさばくのは横領なのであるが、そんなのも御構い無しである。「経済を回してやってる」というのは、正義感などでなく、実際がそうだから、そう言ってるだけだろう。転売屋であれ闇屋であれ、需要と供給で成り立っている。転売屋を恨むなら、転売屋から買わなければ良いのであるし、転売屋を撲滅したいなら買う方も摘発すべきである。
 しかし、実際には、闇屋を非難しつつも、闇米を食わねば生きていけない、というのが品不足の世の常である。言ってみれば、転売屋に対する口撃は、単なる愚痴でしかない。
 このおっさんも、本業の方で蹴つまずいてなかったら(それも本人のせいとも思えないが)、こんな事もしてなかったかもしれない。その能力は目覚めないままか、あるいは違う方面で活用されてたかもしれない。その意味では、同情に値するのかもしれないが、やはり同情するより感心する方が先に立つ話しだった。





国民よ、自戒せよ

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(2020年5月23日9時55分 日刊スポーツ)

 ウチにも昨日届いた。職場の方には届いていたので、物がどんなものか現物を知っていたが、改めて見て、率直なところ、「真剣さも行き過ぎると滑稽になる」と感じた。まぁ、マスクがないと国民が騒ぎ立て、それに政府が応じた結果である。その発端は国民の側にあるのだから、むしろ責めるというか自戒すべきは国民の側である。
 今回のコロナ禍に関するマスクの考え方は、これまでにもしばしば述べてきたので繰り返さないが、自分もこのマスクは使わないと思う。使わないものが送られてきたから、余計に無駄な血税の使い方に見えるのだが、そんなのは送る側だって分かっていたのだろうと思う。竹槍でB29が墜とせないのは、かつての軍人や政治家だって分かっていた。分かっていてやらせる必要があった、という訳だ。
 勝手な自分の想像だが、自分はアベノマスクは、中韓の転売屋に対する日本政府の断固たる姿勢なんだと思ってる。一応、法律は整備したみたいだが、それを警察力というハードパワーを行使するのでなく、マスクを配るというソフトなアピールで意思表示した訳だ。暴利を貪ろうとする輩に、国税を投じても鉄槌を食らわす。アベノマスクが配布され始めてから、転売屋のマスクの値段はどんどん値崩れを起こし、今や店頭にも通常価格でマスクが並びつつある。アベノマスクは、反転攻勢の象徴だった訳だ。
 マスクを作る、それを配布する、それだけでも人が動き、金が動く。一人一律10万円の給付金も国税から捻出されるのであるが、アベノマスク関連も国税である。その目的とするところは、国民経済を回すというところにある。その意味では、アベノマスクも全く無駄になったとは言い難い。仮に警察力を発動して転売屋を摘発するにしても、やはり金は掛かるのである。
 先の大戦の結果の様に、戦災で生産や輸送の設備が破壊された訳ではない。一過的な品不足が起こっても、増産体制を整える事は比較的容易である。その事を国民がよく理解しておれば、今回の滑稽な転売騒動は起こらなかったはずである。



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