たにしのつぼ焼き

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい〜♪

料理

ゴボウ論

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 嫁さんが大豆のごった煮を作ってくれたのだが、帰宅する1時間ほど前に作ったとあって、ささがきにされた余ってたゴボウが、大嫌いな金平ゴボウ状態になっていた。当然食べずに避けたのだが、その一方で、水煮の筑前煮の具に入ってたゴボウはしっかり食べた。この違いは何なのか、金平ごぼうが好きな人には理解出来ないと思う。
 金平ゴボウこそは、自分がこの世で唯一、本当に食べれないものである。食べたくないのではなく、食べれないのである。食べたくないのは、食べようと思えば食べれるが食べたくないだけなのに対して、食べれないのは食べようと思っても食べれない。ゴボウアレルギーでないので、好き嫌いの話しではあるが、食えないものは食えないのである。その根は、小学校低学年にまで遡る。
 これまでにも都度都度語ってきた様に、ウチのオカンは旧帝国陸軍なみの鉄拳制裁の人であったのだが、この金平ゴボウを巡っては、幕府の役人がキリシタンを転ばす様な、硬軟取り混ぜた責め方をしたものである。およそ食い物の事だけに、鉄拳だけでは効き目がないと思ったのか、「いっぺん騙された思て食べてみ」「そのまま飲み込んだらええねん」「こんな美味しいもん、食べへんかったら損やで」などなど、あれこれとまくしたててくるのだが、自分の口の中には、筋っぽくて泥臭い、噛んでも噛んでも咀嚼できない、そう、木の根みたいなのが、いつまでも口の中にあるのである。いっそ、飲み込んだ方が楽だったかもしれないが、得体のしれない食い物と思えない物体を体内に入れる事を、頑として脳が受け付けなかったのである。
 すると、オカンがこんな話しをしだした。日露戦争の旅順口攻略のかの乃木希典将軍の逸話である。曰く、「乃木将軍が幼かったころ、梅干しがどうしても食べれなくて、親から断食を命じられたところ、あまりの空腹に耐えかねて梅干しを口にしてみたら、殊の外おいしくて以来食べれる様になった」というもの。嘘かホントか分からんし、そもそも小学一年生が乃木将軍など知りもしないのだが、梅干しというキーワードには閃いた。ウチのオカンは、梅干しのほか、漬物が食えないのである。そこですかさず、「お母さんが梅干し食べたら、僕もゴボウ食べる」と切り返したのだ。おかげでゴボウを無理やり食わされる虐待はなくなり、以来、金平ゴボウは絶対食えなくなったのである。

 しかし、長じて、ゴボウには食べれる料理法がある事を知った。豚汁にはゴボウが入ってないと嫌だし、筑前煮もそうである。いつぞや作った軍隊調理法の牛肉佃煮なんかもそうである。これらはよく火が通って柔らかくなっていて、かつ泥臭さもあまり感じない。むしろゴボウの風味がその料理を引き立てるものである。どうせなら、美味しく食べれる様に作った方が、食う方も食われる方も幸せというものではないか。
 まぁ、金平ゴボウが好き、ないしは食べれるという人が圧倒的に多いので、自分の論は少数意見であるが、嫌いなものを無理やり食わすよりは、食える選択肢を示してもらいたいものである。






ランチョンミートスライサー



 自分は結構スパムが好きな方で、時たま買ってきて焼いて食べる。料理の仕方は色々ある様であるが、自分はフライパンで軽く焼いて食べる事以外、やった事がない。時たましか食べないから、それでも飽きないのだ。前に焼かずにそのままクリームシチューにして、えらい不味い思いをした事があるが、あれは焼くのと生のままでは、味が全然変わる不思議な食べ物である。
 焼く時は包丁で適当な厚みに切ってたのであるが、以前からスパムカッターこと、ランチョンミートスライサーなる器具が売っている事は知っていた。ゆで卵を輪切りにするアレと同じやつだ。子供の頃、カレーライスの時は大抵、それで輪切りにしたゆで卵がカレーライスにのってた。ゆで卵を輪切りにスライスする以外に使い道のない器具なのであるが、包丁で切るよりは見栄え良く切れるからか、オカンは面倒くさがらずそれを使っていた。
 スパム切るのにわざわざそんなもん買わんでもええわ、と長い事思っていたのであるが、このランチョンミートスライサーは、スパムだけでなく、チーズやアボガド、もちろんゆで卵もスライス出来るらしい。それなりに多目的に使えるのであれば、ちょっと買って見てもいいかな、という気になった。値段もピンキリで、1000円も出したら良いのが買えるのだ。
 で、早速使ってみた。意外だったのは、スパムを切るのに、それなり力が要るという事だ。上の動画の通り、片手だと結構時間かかる。まぁ、撮影しながらだったので、両手でやればもっとサッと切れるんだろう。スパムを切る鋼線は結構頑丈に出来ているみたいである。でなきゃ、チーズなんて切れないと思うしね。包丁で適当に切るよりは、同じ厚みで切れるので、ちょっと上品になった気分になった。

楽器っぽい良い音色がする






鰹節

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 実のところ、子供の頃は鰹節はそれほど好きではなかった。カスカスした紙っぽい食感があまり好きでなく、今でもコンビニのおにぎりでおかかは買わない。しかし、何でもかんでも鰹節は食べないのか、というとそうでもなくて、冷や奴には欲しいし、湯豆腐や水炊きのポン酢にも入れたいし、鰹節に醤油かけて熱々の飯で食うのも好きである。つまり、嗜好が変わったのであろう。
 さて、スーパーなどで売っている鰹節は、いわゆる削った状態の削り節である。これしか見かけないから、鰹節というとビニール袋に入った鉋の削りカスみたいなのしかイメージ出来ない人も多いのではないか。しかし、本来は鰹節は、その名の通り、鰹の身を干したものである。御徒町のアメ横や京都の錦市場なんかに行けば、本来の鰹節が売っている。それを削って食べる訳だ。
 その鰹節、わざわざ塊のを欲しくなる作品が二つある。一つは秩父事件を扱った映画『草の乱』で、政府軍に破れた秩父困民党軍の幹部が、逃れた山の中で鰹節を小刀で削って食べているシーン。ほほう、こういう食べ方があるんだと初めて知った。もう一つは比留間宏氏の『地獄の戦場泣きむし士官物語』の中で、撤退中、落ちてた鰹節の欠片を拾って、それを削って飯にかけて長い事食べた、という話しが出てくる。そこで、鰹節の塊を削って食べてみたくなったのである。
 上にも書いた様に、削ってない鰹節は、御徒町の乾物屋に行けば売っている。ところが結構良いお値段する。それこそ、5センチくらいあれば、興味を満足させられるのだが、そんな小さいのはなくて、安くても2000円、高ければ4000円近かったりするデカイのしかない。流石に食べきれないと思い、なかなか手が出せずにいた。ところが去年、嫁さんと帰省かねがね京都に行った時、嫁さんが錦市場に行きたいというから連れて行ったら、上に書いた通り、乾物屋がある。上等そうな鰹節も置いてある。どうするか、買うか、やめとくか、荷物になるしなぁ、でもトランポで来てるから荷物にはならんか、と店の前を行きつ戻りつ3回くらいやって、旅先で気が大きくなってるのも手伝って、とうとう買ってしまった。
 で、実家にその鰹節を持って買えると、親父が、どっから持ってきたのか知らないが、鰹節削り器があるから持って帰れという。まぁ、どっちみち削って食わねばならないから、貰って帰ってきた。ところが、アレもって帰れコレもって帰れの大量の食料品の中に、パックの削り節も大量にあって、先にそっちを消費していたら、削る方の鰹節の出番がなかなか回ってこない。
 そんな訳で、長い事、冷蔵庫の中で縮こまっていたのだが、今朝、ようやく日の目を見る事になった。鰹節削り器も今日、初めて使ってみた。刃が古いのか、花鰹みたいには削れないが、何となく削れる。鰹節削り器は、奥に押すのでなく手前に引いて使うのだという事も気がついた。食べてみた感じは、やっぱり高いだけあってか、美味い。味が濃厚である気がする。削る手間は確かにあるが、もうちょっと刃が切れれば、これはこれで面白い。出来れば、映画や本の様に、小刀で削って食べてみたいものである。

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猫に鰹節






家庭用無洗米精米機 BT-AG05

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 近所のナフコのそばにオープンしたコメリが、オープンセールなのか、千葉県産のあきたこまちの玄米30kgを7300円で売り出していて、しかもお一人様3袋まで、と書いてあった。この近所のホームセンターだと、30kgで9800円くらいなので、確かに安い。しかも玄米なので、しばらく置いておいても悪くはならない。実は直前に秋田産のあきたこまちの精米30kgを買ったばかりなので、この玄米を買っても直ぐには使えないのであるが、安くて大量という点で目を離す事が出来なくて、30kgを3袋買って帰った。現在、ウチには米が120kgもある。
 さて、玄米といえば、2年ほど前に炊飯の研究で散々食ったので、今となっては玄米飯など食いたくないので、精米する必要がある。玄米を売ってるホームセンターには、大抵コイン精米機があるもんだが、ここのコメリにはなくて、置いてあるスーパーもあるにはあるが、どっちにしても歩いて5分とかの距離ではない。すると、嫁さんが家庭用の精米機が欲しいと言い出した。普段、物を増やしたくないとかいう割には、自分の欲しいものは増やしたい性格なのである。しかし、精米機買っても、今後も玄米買って食うならともかく、今回限りだと勿体ない気もしないでない。
 ともあれ、精米機がいくらするのか、コメリの家電製品コーナーを見てみたら、高いので3.5万円くらいする。意外と高いものである。その値段を見て難色を示した訳であるが、おりしも結婚一周年記念という事で、親父がお祝いしたいと行ってきたから、それに乗っかって買う事にした。そこで調べてみたところ、精米機も1万円しないのもあって、ピンキリであった。値段の差は、精米の度合いとか糠の除去の仕方とか、そうした所に差があるらしい。なので、せっかくであるから、高いのにした。この精米機にしたのは、胚芽米まで作れるところに魅力を感じたし、車中泊用の無洗米も作れるのは大きなメリットだ。
 さて、届いたのを早速使ってみた。5合まで精米出来るのであるが、糠を除去したら4.5合くらいになる。面白い様に糠が取れて、しかも糠用のポットに溜まって行く方式なので、取れた糠はそのまま庭に撒ける。精米した米は奥のポットに溜まる方式で、なるほど安い精米機より明らかに便利に出来ている。
 米は精米したてが美味いというから、これからウチは玄米買って精米して使う生活になる。






手塚くん

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 先日、Motoshop TOYZに行ったら、こないだSUGOで開催された全日本モタード選手権でお一人様用のホットプレートを貰った人から、それを頂戴する事が出来た。ホットプレートというと、直径30cmはあるデカイのをイメージしてたのだが、これは20cmくらいの小さいやつで、まさしくお一人様用である。これまで、調理器具としては、飯盒、フライパン(もしくは中華鍋)、魚焼き網くらいしか使ってなくて、最近になってようやく圧力鍋を使う様になった。電気を使うものとしては、炊飯器くらいしかなくて、ホットプレートなど使う用事がなかったのである。
 ところが、いざ使ってみると、これが結構便利が良い。卵焼いたり、お好み焼き作ったり、そうしたのに最適である。ホットケーキミックスも、久々に本来のホットケーキとして焼いて食べた。実のところ、ホットケーキみたいに火力に神経使うものは作りたくなかったのであるが、このホットプレートならあまり神経使わず勝手に出来る。しかも、この手合いなら油も引かなくていいし、またプレートが油でギトギトにもあまりならない。プレートが外れて丸洗い出来る構造でないので、拭いてキレイにするしかないのだが、作るものさえ選べば、後始末も簡単である。もちろん、野菜炒めみたいな強い火力を必要とするのは苦手であるし、煮炊きに使える物でもない。しかし、ちょっとした物を焼くのであれば、これで十分だと思う。まさしく、お一人様用なのだ。
 これに小さい卓上コンロがあれば、独身飯も万全ではなかろうか。小さいテーブルの上で、コンロ使って飯盒飯を炊き、このホットプレートで何かオカズを作ってー、などと色々想像してみた。ふと、東京に来たばかりの頃に住んだ、文京区の四畳半のアパートを思い出した。もう一度、人生やり直したくなった。







肉抜きすき焼き

■すき焼きに白菜はありかなしか 東西の有名店を取材してみた
(2015年10月18日 16:21  NEWSポストセブン)

 実家のオカンは、倅の自分が言うのもなんだが、料理が美味いと思う。少なくもと、きんぴらごぼう以外の物は、何が出ても大抵は美味かった。
 そんなオカンが、ある日、別に祝い事があった訳でもないのに、すき焼きをこしらえた。非常に美味かったのだが、このすき焼きには入ってないものがあった。それは、肉である。肉の入ってないすき焼きなど、すき焼きの味にならないと思いがちだが、とでもない。ちゃんとすき焼きの味だったのだ。
 作り方は、肉が入ってないだけで、あとは普通のすき焼きの作り方と同じである。関西だから、わりしたは使わず、砂糖と醤油で味をする。では、すき焼きの汁はどこから出て来るのか。それは白菜からなのだ。熱と醤油の浸透圧で白菜から水分が出て、すき焼きの汁になるのである。そして、すき焼きのあの味というのは、実は白菜の味なのである。ウソだと思うなら、試しに白菜を砂糖と醤油で煮てみるといい。すき焼きの味になるから。
 すき焼きに白菜を入れないのは、関東の店に多いらしい。そりゃそうだ、わりした使ってるから、白菜入れたら水っぽくなるのは当然だ。つか、わりした使ったすき焼きなんて、自分から言わせたらすき焼きでなく、牛鍋である。「ざん切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」あの時代に生まれた食べ物である。




ライスカレー

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 今日のお昼。残ったカレーにご飯乗っけたった。これぞライスカレー。今でこそ「カレーライス」っていうけど、戦前の人は「ライスカレー」と称してた。ウチのバーちゃん達もそうだ。一体いつ頃から「カレーライス」に変わったのか分らないけど、もしかしたら戦前から正式には「カレーライス」だったのかもしれない。
 というのは、敵性語禁止の言い換え言葉では「辛味入汁掛飯」というからだ。まぁ、考えてみたら当然至極で、ご飯の上にカレー掛けてるんだから、見た目の順序としてはカレーがあってご飯があるから、カレー→ライスの順が自然という事になる。
 しかしまぁ、察するに、どっかのイチビッた奴が、逆さまに言えばカッコいいみたいな感じで「ライスカレー」って言ったのが、本人の意に反して流行ってしまったのかもしれない。それが戦後、一億総懺悔の雰囲気の中で、進駐軍辺りから「お前ら、逆さに呼んでるぜ、バカじゃね?」みたいな事言われて、ライスとカレーが逆転(正しく)なったんじゃなかろうか。
 まぁ、納豆と豆腐が本来の物とは逆さまの意味に勘違いして1000年過ごしてきてしまって、今さら変えようもない事を考えたら、これはこれで良かったのかも??




たまねぎの威力

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 昨日、タマネギをスライスして水にさらしたのに、キュウリをスライスしたのを混ぜて、鰹節振りかけて醤油垂らしたサラダを食わせて貰った。夏バテに効く、というので半信半疑で食ったのだが、これがどうして、今日は不思議に元気になったっぽい。ぽい、というのは自覚症状があまりないからで、でも水泳は2.2km泳いだし、ブレトレや筋トレだって「やろう!」という気になったのだから、たまねぎの威力は絶大なのだ。
 たまねぎといえば、自分の認識では、炒めるか、揚げるか、煮込むか、とにかく火を通さずに食うという印象は全然無い。例外としては、ポテトサラダに入れる場合だが、それは薬味代わりだと思っているし、たまねぎの存在そのものをあまり感じずに食える程度しか入ってない。だから、たまねぎを生食するという思想がなかったのである。そもそも生で食えば、ビリビリとした食感で結構キツイ。しかし、水にさらすというか、漬けておくとそれが無くなってプレーンな味わいになるのだ、という事を初めて知った次第である。
 「健全な肉体に健全な精神は宿る(本来の意味は違うらしい)」とか「疲れた頭でした判断は疲れた判断」というが、まさにその通りだと思う。梅雨があけて急に暑くなり夏バテになった、というよりまずは精神がバテてしまったが、そう言う時は気持ちも行動も退嬰的になってしまう。「よし、やろう!」じゃなくて、「まぁいいや〜」って感じ。しかも、それじゃダメだな、と思わないところに問題がある。
 結局のところ、食い物一つで改善された話しではあるが、ジャンクなものばかり食って適当に腹を満たしてしまう現代人の一人として、如何に食い物が大事であるかを、身をもって理解する機会であった。






安い物で美味しく

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 先日、オージビーフを煮込んで涙出るほど美味いビーフシチューを作ったんだけど、今度は牛スジで挑戦してみた。というのは、近所のLIFEはオージーと行ってもいわゆる「クソ不味いオージー」でなく、そこそこ美味しくてそこそこ値のするオージーしかないのだ。それでも200gで380円のシチュー用があればそれにしたのだが、1枚500円のステーキ肉しかなかった。今日はやめとこかーと思ってたら、422gで540円の国産牛スジ肉が売っていたのである。
 自分は関西出身で、親から牛スジ肉の話しは何度も聞いていたが、食った事がない。というのは、親が牛スジ嫌いだったので食卓に出て来なかったからだ。でも、他から聞く話しは「煮込んでとろとろにして美味しく食べた」というものが多い。要するに、煮込んでいけば美味くなる訳だ。だったらオージービーフと同じ理屈ではないか。しかも、国産ながらオージービーフよりも遥かに安い。まぁ、もとがくず肉であるから、安くて当然、というのもあるかもしれない。しかし、安くて美味く食えたら、文句なしである。
 で、色々調べたり仕込んだり努力したりして、どうにか食える様にした。個人的にはオージービーフの方が好きかなぁ。でも、安物でもそれなり食える様にしたのは大きい。国産霜降り肉でなくたって、美味く牛肉を摂取出来るのは、家計にも優しいのである。





オージービーフ

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 自分が初めてオージビーフを食べたのは、1998年くらいの歩きで奥多摩にキャンプに行った時。もう一人来てた奴が、キャッチャーミットみたいな牛肉を持って来てて、それを焼いて食ったのであるが、焼いても焼いても水っぽいし、カスカスしてるし、噛み切れない。しかも何となく臭くて、全然美味くない。結局二人ともまともに食えず、焚き火にいれて処分してしまった。
 以来、オージービーフは不味いという印象しかないのであるが、それがこないだのキャンプで出て来たのだ。食いたくないというのも付き合いの悪い話しなのできっちり食ったが、まぁ、お愛想にも美味い代物でない。ただ、以前はまったく食えなかったのが、今回は曲がりなりにも食ったのだから、前のよりは多少は食える肉だったのか、あるいは自分の味覚が変わったかである。
 しかし、注目すべきは、あれだけの和牛を食ってれば、痛風発作は間違いないところだが、さすが脂身の全然ない赤身オンリーである。まったく痛風が出なかった。意外に健康に良いらしいのだ。となれば、美味く食える様になれば、和牛よりも安上がりで痛風も起こさない食材として活用できるではないか。
 その様な訳で、取りあえずウスターソースに4時間ほど漬け、それを強火で焼いたあと、2時間ほど煮込んでみた。ちょっと目を離してて煮詰まってしまい、多少焦げてしまったが、いい感じに仕上がった。いかにもビーフシチューに入ってる肉である。むしろ和牛では再現不可能な味、食感である。初めて作ったにはしては上手に出来たから、今後はさらに研究をすすめて、いつでもどこでも美味くオージービーフを食える様にしてやろうと思う。





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