2020-11-19 23.12.37
汚らしいが敢えて掲載する
運ばれる直前に吐いた胃液


 その兆候があった、といえば、2ヶ月ほど前になるか、イカスミみたいに真っ黒なウンコをした事があった。初めての事で驚いてたのだが、その時、既に消化器科にかかれと言ってた人が何人かいたのであるが、翌日には元に戻っていたので、その時はあまり気にしてはいなかった。
 ところが、19日朝、またもや真っ黒けのウンコが出た。大量だったのはいつもの事なので気にしなかったが、墨汁みたいな色にだけは驚いた。今度も病院行けって声があったが、別にどっか具合が悪い訳でもないし、明日以降も続く様であれば考えるかなー、程度の考えで、そのまま仕事に行き、夕方までは普通に暮らしてた。違いがあるとしたら、ここ一週間ほど、駅から職場までの距離を歩くと軽く息切れしてて、太り過ぎと運動不足のせいだと思っていた。
 そして夕方、あまり食欲はなかったのだが(今考えたら、これが珍しい)、家から持ってきた飯を食って、その後から次第にしんどい感じになってきた。最初は、ちょっと体怠いなという感じだったのが、次第に早く帰って横になりたいなになり、退勤する2200時頃には胃と肩が結構怠い感じであった。いつもの電車を乗り過ごすと直通の快速を逃すので、早歩きで駅まで向かったが、これで相当疲れてしまい、乗り換えの錦糸町では立ってるのも辛く、立ち上がると立ちくらみする感じであった。快速には幸い座って乗れたのだが、その時点で、粗悪ウイスキーで悪酔いした様な気持ち悪さで、冷や汗も出始めていた。千葉に着いた頃には、吐き気、下腹の痛さで悶絶する様になり、嫁はんに駅までトランポで迎えに来てくれるよう連絡する。その頃には、もう座ってるのも苦痛だったが、それでもどうにか駅まで耐えて、トイレに駆け込み、ウンコしてる最中に、真っ黒なゲロをバシャっと吐いた。そして、トイレから出た後は、もう立ってられなかった。迎えに来た嫁はんが救急車呼ぶか聞いて来たので、即座に頼んで倒れてたのだが、またそこでも吐いてた。
 しばらくして救急車が着いたのだが、なんかこれまでに乗った時に比べると、なんか雰囲気が慌ただしい感じである。血圧が75だの77だの言っていたが、それは実は最高血圧の事だったらしい。自分では意識がはっきりしてるつもりだったのだが、救急隊員が耳元で大声で名前とか何か呼びかけてた。時間が0000時近かったせいか、夜間受け入れの病院がなかなかなかったみたいだが、しばらくして発車。ここから先は、された事しか覚えてなくて、言われた事はあまり覚えてない。
 病院に着いてから、着ぐるみ剥がされて、注射だのレントゲンだのされて、左の鼻の穴になんかチューブを喉まで差し込まれた。痛いのと気持ち悪いのとで、この時も吐いた様に思う。この鼻のチューブが大概痛いのと違和感で意識がちょっとはっきりしてきた。そこへ尿道カテーテルも入れるという。これも人生経験だと思って了解したが、これがかなり痛い上に、慣れるという割には全然慣れず、しかも永遠に続く残尿感で、これで意識がはっきりした。とにかくチンコが痛いのである。史上最悪の体験である。
 この後、集中治療室に送られ、そこで嫁はんが帰った後も、チンコの痛みと戦っていたのだが、どうにもこうにも我慢できないので、カテーテルを抜いてもらう事に。もっとも、抜いた後も痛みは続き、しかも大量に点滴してるので、2時間くらいで尿瓶を当てがって貰わねばならなかった。もっとも、今度は鼻のチューブが痛くておちおちとも寝てられず、それでもウトウトするのだが、その度にチューブが鼻の奥に刺さる感じで目が覚め、ほとんど眠れなかった。
 0900時過ぎ、担当医がやってきて、おそらく十二指腸から出血している様なので、胃カメラで検査するとなった。その頃は、眠気で意識が朦朧としてて、検査室に運ばれて、やっとこ鼻からチューブが抜かれて、苦い麻酔薬を飲まされて、マウスピース咬まされたところまでは覚えているが、そこから記憶がない。睡眠剤を入れるとか言ってたから、眠ってしまったらしい。
 目が覚めたら、病室だった。目が覚めたというか、看護師さんに起こされたんだったかな。嫁はんが荷物を持って来たとかで、サンダル出したり、iPhoneのケーブルをコンセントに挿したり、そんな事してた様な気がしたが、意識がまだはっきりしてなかった。その後、医師の説明も受けたが、はいはい返事するだけで、あまり頭に入ってなかった様に思う。

2020-11-20 02.50.22
集中治療室で嫁はんが撮影