animal_chara_smartphone_neko
 今朝、とあるツイートが気になったので、それに関するツイートをしたら、反応が大きかったので、改めて自分の考えというか、思いを書こうと思う。
 猫垢もフォロワーさんが1600人を超えると、色んな人がいるもので、悲惨な目に遭った猫の保護活動をしている人もいれば、難病に罹った飼い猫の治療費の募金を募る人もいるし、可愛がってた猫が死ねば花一杯の亡骸の写真を載せる人もいる。誰も彼も、好きな猫の為に必死で頑張っている人達だ。頑張りには頭が下がるし、不安や悲しみには共感するのであるが、毎日毎日そうした画像やツイートを見てたら、気が滅入るのも事実である。
 ツイッターをやってる目的は、人それぞれだと思うのだが、上記に挙げた様な事を目的にしている人もいれば、「ウチの猫可愛いから見て!」って人もいるだろうし、「猫飼えないから、飼ってる人の猫見たい!」って人もいるだろう。そう言う人にとって、悲惨な猫の写真や、支援の要請というのは、はっきり言えば自分の目的と合致しない、不必要な情報である。なるほど、可愛そうとか、頑張ってるとか、そうした無下に出来ない話しだけに、そっぽ向くのは気が咎める気がするのだが、だからどうしろというのだ、というのが本音のところだと思う。
 だから、自分は、あまりにも度重なる人の場合は、ミュートするのを勧めている。SNSと言うのは、共感する場であって、共感できないものはしなくて良いのだ。逆の見方では、様々な情報の中から、自分に必要な情報を拾い集めてくる場なのだ。そうした取捨が、ユーザーに求められているのだと、自分は考えている。
 そう言う取捨をせず、自分の目的を果たせず、辞めてしまうと言うのは、ちょっと勿体ないな、と言うのが自分の主な考えである。