「働いたら負け」というニートというのが有名になったのは、2004年ごろからだと思う。当時自分は激烈な解雇撤回争議の最中で、「労働して給料を貰ってない」という意味ではニート、つまり無職者と同じであったが、朝6時から夜2時までオルグだの支援活動だので寝る間もなく動き回っていて、ぶっちゃけニートというのが何者なのか、理解する事が出来なかった。
 それからしばらくして、ニートというのが、いわゆる「引きこもり」と呼ばれる実家暮らしの無職者であるという事が分かってきた。並行してパラサイト・シングルなんて言葉もあったが、そっちの方は今では廃れてしまったんじゃないだろうか。ニートであれパラサイト・シングルであれ、最近では子供部屋おじさん、つまり「こどおじ」なんて言葉もあるが、どれもこれも、自分の人生観には全く相容れぬ在り方なのである。
 というのも、自分は実に小学校4年の時点で、早く家を出て親から離れて自由になりたかったからなのだ。親が厳しかったからである。しかし先に断っておくが、いわゆる「毒親」と言うのではない。むしろ「親なればこそ」の厳しさであったのだが、それでも、警察国家というか強制収容所というか、そうした抑圧的な家庭から、早く自由になりたかったのである。将来の夢はなんであったか。「早く一人暮らしをする事」それが18歳の夏に実現した時、自分の人生の目標は早々と達成され、成人する前に早々と目標を失ったのである。
 とまぁ、そこからが本番が始まるのであるが、ともかく、ニートやら引きこもりやら、そういうのは全く信じられないのである。どうして親は子供を締め上げないのか。自分が中学生の頃は、校内暴力が下火になり家庭内暴力がはびこった時代で、あの戸塚ヨットスクールが不良や暴力少年の「この世の地獄」として伝わってきた時代だった。あのスクールは、べらぼうに高い金が掛かるらしいが、自分の子供を締め上げられない金持ちの親が、大金払ってあの校長に自分の子供を殴らせていたのである。たにし家の親はそんなアホな金の使い方をしない。ハートマン軍曹顔負けのやり方で、親の責任として自ら締め上げたのだ。自分は、ニートは親が作ると確信している。
 さて、実はここまでは前振りである。本題はここからだ。そんなニートとは対極にある自分が、結婚した相手というのが、実はニートだったのである。ネットスラング的表現をするなら、まさに「木亥火暴」といった所なのであるが、こっちも当時48歳未婚の核地雷であったから、あまり偉そうな事も贅沢も言えない。言えないのではあるが、歳の差と生き様のギャップが比較論的に面白いので、これから暇なときに、ちょいちょいテーマに扱ってみようと思う。

neet_woman2
座ってればまだ可愛らしいが
ウチの嫁はんは、始終寝転がってるのである