food_potato_sald
 今朝、内科の待合室で、テレビのワイドショーが例の「ポテサラ騒動」を扱っていた。作った方が美味い買った方が美味いかとか、そんなどうでも良い様な話しから、ついには「惣菜を使った手抜きに見えないレシピ」と言った、そこまで手間掛けるなら作ったれやと思う様な話しにまで展開してて、21世紀のテレビはもう無くても良いな、と感じながら見てた。
 実のところ、この話しは漏れ聞こえてくる程度にしか知らなくて、てっきりどっかのズボラ主婦が買ってきたパックのままポテトサラダを食卓に出して、ご主人に文句垂れられた話しだと思っていた。まぁ、この手の話しは自分が子供の頃には既にあった話しである。食育という言葉が生まれる遥か以前に、もっぱら忙しい共働き家庭のお母さんに対する警句としてあったのだ。惣菜買ってくるのは仕方ないとしても、せめて器に盛りましょう、と言った話しである。
 と言った事を、うちのズボラ嫁に話しししたら、実はそうでないと言う事がわかった。そこで調べてみたら、この騒動の始まりは、このツイートだったと言う訳である。


 いやいやいやいや、これはトンだお節介ではないか。見ず知らずのジジイが、他所の家の買い物にケチつける必要がない。これが関西のおばちゃんだったら「別にあんたに買うてくれ言うてへんのに、何言うとんねや、ボケとんのけ?」くらい言い返しそうである。いや、そう言い返すのが、この問題の本質である。ポテトサラダを作るのは大変とか、作っても買っても美味しければ良いとか、そう言う問題でない。自分から言わせれば、本質のずれた所で大騒ぎになってるんじゃないのか、と思う。
 自分は、忙しい主婦が惣菜買って出す事自体には、文句は一つもない。ただ、料理とか食事というのは、ちょっとした一手間によって見栄えも感じ方も変わってくる。それに対する答えが、これだ。


 これは上に書いた、いわゆる食育の問題に対する回答でもある。自分がこの騒動を自分なりに解釈して誤解してたのは、皿に盛るのも面倒臭がる嫁はんがおったりするもので、しかもその言い草が「洗い物増えるから」と、どの口がそんな事言うとんじゃー、とたにし母なら鉄拳食らわせそうな言い分で、まぁ、どこの家にもズボラな奴はおるわなー、と思っていたからなのだ。
 もしかしたら、余計な事言うたジジイの嫁も、非常なズボラで、一日ゴロゴロして食ちゃ寝してるセイウチみたいな嫁なのかしれない。そのストレスが、ポテトサラダ買おうとしてた他人に向いたのかしれない。そうであっても、余計な一言には違いないが。

 ちなみに、自分は子供の頃、よくポテトサラダを作らされた。あっつアツのジャガイモの皮剥いて、スリコギの棒で潰して、マヨネーズ入れてくちゃくちゃ捏ねてる時の音が、砂利道を車で走る時の音に似てるなぁ、と思いながら。それほどポテトサラダ好きでもなかったのに作らされる理不尽を感じつつ、不平を言えばオカンの怒声と鉄拳が飛んでくるので、渋々やってた訳だ。なので、ポテトサラダは案外作るのが大変なのをよく知っている。ついでに言えば、今でも大して好きでないので、惣菜コーナーではマカロニサラダを買う。