2020-05-29 18.30.57
 3年前に買った通勤靴の横っちょが切れてきて、かつ靴底も剥がれ始め、かなりヤバイ感じになってきたのが、新型コロナの緊急事態宣言が出て1ヶ月くらいした頃。買い替えたかったのだが、いつも靴を買っている「靴のヒカリ」は営業自粛で買い換える事が出来ずにいた。その緊急事態宣言も今週月曜日に解除され、自分の勤務も来月から通常の遅番に戻る。という訳で、自粛体制最後の今日、靴のヒカリが営業再開していたので、通勤靴を買ってきた。今まで買いに行ってた御徒町店は知らない間に閉店になって、神田の方に移転していた。まぁ、御茶ノ水から快速で神田に行き、神田から東京もしくは新橋まで行って総武快速で四街道まで帰れるので、御徒町の時よりは楽になった感じである。
 さて、靴だが、大抵はなかなか気に入った靴がなくて思案するところなのであるが、今回は3年前に買ったのとまったく同じ靴が売っていた。珍しい事である。別に違った靴を履きたいとか思ってなかったので、即決で同じ靴を購入。その場で履いて、履いてきた靴は処分して貰った。お値段26,400円。それで3年持つなら安いもんだと思ってたが、帰って3年前の値段を調べたら19,800円だったので、随分値上がった事になる。
 しかし、3年前にこの靴を買ったのは、嫁さんと結婚する前で、嫁さんの親族にご挨拶に行く時に買ったのだった。その時は、ちょっと慣れない感じがしてたのだが、3年履いたから、それほど慣れてない感じでもない。むしろ、3年前の感触を思い出しながら帰ってきた。
 あれから3年である。好き好んで結婚した訳であるが、3年も一緒にいると、粗も見えてくるというものである。いや、粗が見えまくりというのが実際のところである。小言や文句を言いながら、ふとどこかで聞いた事があるなと思ったら、それは40年ほど前、自分がオカンから言われてた事を、そっくり自分が言ってたりという事はしばしばである。意外とよく覚えているもんだ。聞いてない風でいて、結構頭に入っているのである。言われてた時は口うるさくうざったい事であったが、立場を逆になると、根気の要る事だったんだなと思う。親なればこそである。
 しかし、慣れてきたからこそ、口さがない物言いにもなったのであろうが、かつての自分がそうであった様に、いくら自分に非があったとしても、ボロクソに言われて良い気はしなかった。その意味で、自省が必要である。今日、3年前とまったく同じ靴を買えたというのは、初心に帰れ、という意味なのかな、という気がした。