2020-04-04 00.06.17

 あえてこの本の感想を書かなかったのは、この本は風邪をひいて寝込んだ時、必ずと行って良いほど読む本で、それこそ何回も読んだし、これからも読むであろうから、敢えて感想を述べる必要も感じなかったからである。実のところ、この本を読んでたお陰で、昨今のコロナ騒ぎは、何となくその流れが見えてたし、この本の中で描かれたほどの「災厄の事態」にはならぬであろうから、そこまで大騒ぎせんでも、という気持ちにもなっている。
 どうして風邪をひいた時にこの本を読むのかというと、この本の中で人々は、表面的にはインフルエンザで苦しんで死んでいくので、少しでも自分もその苦しさを味わってるその時に読む事で、その物語を仮想的に実感するためである。しんどくない時に読んでも、それなりにゾクっとする内容の本であるが、風邪ひいてしんどい時に読んだ方が、MM-88に罹患してるっぽい雰囲気が味わえるのだ。
 それはさておき、この本の中では、ウィルス学の初歩も学べるし、崩壊していく社会の様相も見れる。むしろ、後者の方こそがこの本の魅力である。映画も作られたが、しょーもないメロドラマが入って、肝心の部分がおざなりになっている。この本が「予言の書」と言われるのは、疫病によって犯される社会がどの様になるかを、如実に描き出しているところにあるのだ。
 目下のコロナ禍で、もっとも大変な状況になっているのは、医療現場である。医療崩壊のシーンは、『復活の日』にも描かれている。ついで報道の有様、これも描かれている。しかも、本の中身の通りである。スポーツやイベントの中止は、さすがに人がバタバタ倒れている訳ではないので、状況が違う。経済が大打撃を受けるシーンは、この本にも少々書かれているが、大打撃を受ける前に人類が滅んでしまうので、その意味ではあまり影響がない。そして決定的に違うのは、この本に描かれているほどMM-88が宿主にしてるウィルスほど、新型コロナは感染力・毒性が高くない事と、この本に描かれている様に「人がバタバタ死んでない」という事だ。
 その意味では、我々は新型コロナで、直接目に触れる形での「恐怖」を見ていない。「恐怖」は伝え聞く話しばかりなのだ。今、自分が仮に感染してたとしても、無自覚無症状の者もいるという。熱も出てない、目の前で人が死んだりもしていなければ、道端に死体が転がってる訳でもない。『復活の日』に描かれた恐怖は、今のところ、新型コロナでは現れてないのだ。
 その意味で、過度な恐怖心や不安感は持たない方が良い、というのが自分の考えである。