自分が防災用品というジャンルに目覚めたのは、高校生の頃。『コンバット★マガジン』を出していたワールドフォトプレスが、MONOマガジンの別冊として季刊で出していた『サバイバルマガジン』を読んでからだ。ミリタリーグッズやアウトドアグッズを防災用として使うという発想が、当時の(青臭い)自分にはとても斬新に感じたものである。
 ところが、親に防災の必要性を説いたところ、その返事はケンモホロロで、「そんな大地震来たら、みんな死んだらええねん」との事。まぁ、毎晩「寝るは極楽じゃ〜」と言いながら寝てた人らなんで、来るか来んか分からん様な震災の事なんか、どーでも良かったのであろう。そんな事よりも、日々の仕事や生活の方がアップアップで、ぶっちゃけた話し、明日起こるかもしれん米ソ全面核戦争でさえ、どーでも良かったのである。つまり、「みんな死んだらええねん」という事だ。そりゃ、反戦も防災もどーでも良い訳である。
 しかし、意識の高かった自分は、独立して収入が安定する様になってから、必要と思われる防災用品や食料などを備蓄し、「さぁ、いつでも来い!」と待ち構えた。待ち構えつつ、賞味期限が来てしまった。1回目はまだ高い意識が残っていたので、やりくりして更新したが、2回目の時は現用のアメリカ海兵隊の装備を揃える方が重要で、とうとう更新しなかった。この時気付いたのは、「防災備品は、買い揃えるのも大変であるが、もっと大変なのは、それを維持し続ける事だ」という事だった。
 3.11以降、災害は、中世ヨーロッパの年代記みたいに毎年の様に起こる様になり、方々でエライ事になってるニュースが伝えられるものの、一旦下がった意欲はなかなか上向きにならない。自分がエライ目に遭ってる訳でないので、喫緊の課題として予算を動かす気に、なかなかならないのだ。
 例えは、こないだの台風であちこちが今だに停電で、「発電機があった方がいいな」と思うのであるが、イザ買うとなると8〜9万円はする代物で、おいそれとは手が出ない。食料では、毎年更新が面倒なら、25年持つというサバイバルフーズ(これもサバイバルマガジンに載っていた。今は味の素が作っている)というのがあるが、年単位で費用を考えたら安いものの、「25年後ちゅうたら、ワシ、75歳やん」と思うと、なんとなく気が抜ける。結局、何もしてないのである。
 してみると、自分がかつて持っていた防災意欲というのは、趣味みたいなものであったし、実際に趣味であった。そして、その趣味に飽きた、という事なんだろうと思う。これではいかんのだろうけど、それなりの意欲がない事には、3日分の食料や燃料を備え続けるというのは、難しい事である。