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 「おまはんは一日何しとるんや」と言うのは、自分が嫁さんに一番よく言う小言である。嫁さんは今時珍しい完全専業主婦である。我ながら嫁さんに専業主婦やらせてるのは凄いな、と思う反面、その鮮魚主婦が一日中、ゴロゴロネットして遊び呆けとるか、昼寝しとるか、そんな風に思えない時がしばしばある。廊下に落ちてる嫁さんの抜け毛や埃、雑草ぼうぼうの庭、風呂場や便器の水垢、いつまでも干しっぱなしの洗濯物、昼前から始める洗濯、雨水で汚れた窓ガラス、起こさんといつまでもフカみたいに寝てる、、そう言うのを見てると、「オンドリャ、一日何してけつかる!」と思うのである。
 実際の所は、色々やっている。掃除に洗濯、部屋の片付け、あれやこれや、いろいろやっているのであるが、人間と言うのは粗の方が目立って見えるもので、姑めいた目線でしか見れないことが多い。特に、体や心が疲れてたり、物事がうまく運ばなかったり、要するに、気持ちに余裕のない時に、そうなる傾向が強い。小言をタレつつ内心では「何年かしたら仕返しされるかもなー」とか慄いた気持ちにもなるのだが、やっぱり小言が口を突いて出てしまうのである。
 この作品を読んで、旦那さんの気持ちもよく分かるが、「そらあかんやろ?」と思う事も多々あった。働かせに行かせながら、仕事も育児も家事もパーフェクトに、と言うの無理がある。稼ぎが少ない事を責めるのは不当である。ましてや、同等に稼いで来いと言うのは暴言以外の何物でもない。それがために、主人公が扶養から外れれるほど稼げる様になった時、捨てられそうになったいる。稼ぎ頭としての意義を自ら放棄したのだから。
 嫁に、特に小さい子がいる母親に働きに出ろ、と言うのは、世の中が悪政でデフレでブラックといった事情があったにせよ、男の甲斐性の無さを物語るものである。一所懸命やってるのは間違いないと思うし、それでもままならなんから、気持ちに全く余裕がなくて言葉がキツくなるのであろうが、それでも言って良い事と悪い事があるのである。働いて貰わねばならぬのなら、膝を屈する必要があるのだ。
 自分はたにし母から色んな話しを聞かされて育ったのであるが、その中に「『誰に食わして貰ろてる思ってんねん』は男が嫁さん子供に一番言うたらあかんセリフや」と言われてきた。それを聞いてた時は、単に男が格好悪い事言うな、くらいにしか思ってなかったのだが、これは責任の問題であったのだ。それを放言してしまうと言うのは、男の責任を放棄したも同然、と言う事なのである。
 愚痴や小言は言わない方が格好いいが、まぁ、そこまで聖人君子でもないから、文句は言うても良いとは思う。しかし、この作品に出てくる旦那の様な事は、言ってはならないのである。