餓鬼の頃は、親共が「歯ぁ磨け」と口うるさいものだから、しょっちゅう歯を磨いていたおかげで、虫歯なんかになった事がなかった。しかし、口うるさく言われていると、言われなくなった時の反動が大きくて、一人暮らしをしてから暫くは実に自堕落な生活態度をしてしまい、あっと言う間に上下の歯のあちこちが悪くなった。確かに、大きくなってから歯が痛くて泣き叫ぶというのはカッコのいいものではない。そんな訳で、歯のあちこちが銀歯になってからようやく自分から進んで歯を磨く様になった。それ以来、少なくとも歯が痛くて一晩中眠れない、などという羽目には陥っていない。
 しかし、この銀歯という奴。そうそう取れてしまうものではないが、いざ取れてしまうと想像以上に不便なものである。実は左下の奥歯に入れてあった小さな銀歯が取れて、そろそろ半年くらいになるのだが、鶏の唐揚げとかポテトチップスとか、とにかく歯の隙間にものが挟まるのである、しかも詰まったモノが歯肉を刺激するようで、時々そこの歯茎が痛くなる。それでもまぁ、神経とかはとっくの昔に抜いてあるから、痛いちゅうほどの痛みでもないので、歯医者に行くのが面倒で放ったらかしにしてあった。ところがである。今朝方、永谷園のお茶漬けでメシを食っていたら、あの枝切れみたいなスナックを右上の奥歯で噛みしだいたところ、事もあろうに被せてあった銀歯が取れてしまったのである。銀歯と言えども接着剤でくっついているだけであるから、取れても不思議はないのであるが、選りにも選って土曜日の、しかもネムネムの明け番の朝に取れる事はないではないか。これはいよいよ歯医者に行かねばなるまい、とは思ったものの、不毛な泊まり番のおかげでメシ食ったらソッコー寝ない事には、もれなく歯医者の診察椅子の上で熟睡してしまう事になろう。そう言えば、洗濯物も洗わない事には服はみんな汚れて、そんなくっさい服着て歯医者に行くのも考え物である(緊急事態ならいざ知らず)。昨日は泊まり番で風呂にも入っていないから、頭もクサクサになっている筈。とまぁ、こんな事を考えたら、取り立てて急がないかん訳でもないし、また今度にしようと寝てしまった。
 さて、目覚めて腹が減って、晩飯を食うことになった。やはり、銀歯の取れた歯は、奥歯としての性能を十分には発揮してくれないばかりか、今度はその歯にも物が詰まり始めた。今までは、左下の歯に挟まりそうな時は右の奥歯で噛んでいたのだが、困った事に両方の奥歯が使えず、リスやネズミの様に前歯でしか物を噛めなくなったのである(事実、メシの後半はそうやってメシを食った。オレはは齧歯類にはなれそうにない)。取り敢えず、メシは一通り済ませたのだが、取れた銀歯が気になって仕方がない。そしてふと思った。「こいつ、今まで付いてたんだろう? だったらまたくっつくんじゃないか?」ただし、瞬間接着剤でくっつけるみたいな藤田博流のセコイ事を考えていたのではなく、ただ単にパズルみたいにはめ込んでみようと思っただけである。そしてはめ込んでみると、ハマるではないか! しかもまるであつらえたみたいにピッタリである。最初は少し違和感があったが、直ぐに慣れてしまった。しかも、取ろうとしても今度は取れないのである。これは一体どうした事か? まぁ、寝ている間にまた取れてのどに落ちる、みたいな事もなさそうであるし、いずれにしても歯医者に行かねばならぬのであるから、暫くはこのままにしておこう。