22136badb59e31c1b6768d646bf489f4

 昔、毎日更新していた減量日記、今から11年も前の記録であるが、読み返してみると、これがなかなか面白い。11年前の挑戦は、前期の食事制限と後期のレコーディングダイエットに大別出来るのだけど、当時は連続した努力としてとらえていた。なので、減食からレコダイへの切り替えは、2007年9月にいきなり行われている。
 そもそものきっかけは、2005年10月に最終的に争議状態が終わり、その12月に京都で急性腹症で3日の絶食を含む10日の入院を経験し、116kgあった体重が107kgに落ちて退院した事である。絶食のお陰で胃袋が決定的に小さくなり、あまり食えなくなったのを幸いに、食事を細くして約9ヶ月で95kg台まで落とす物の、徐々に胃袋が膨らんで食う量が増え、最終的には101kg台まで戻ってしまう。そこで2007年1月で一旦記録が途絶えてしまうものの、その4月から再び再開し、97kg台くらいまで落とすものの、そこから伸び悩む、という展開である。
 ともかく、減食でのダイエットは、胃が小さくてあまり食いたくない時は効果があったのであるが、徐々に膨らんで食いたくて仕方なくなると、もうただの苦行でしかなく、あとはリバウンドしかないのであるが、それでも100kg台で止めたというのが、この時のドラマである。
 もっとも、自分のこれまでの人生を通じて、普通に暮らしてる状態の平均体重は100kgなので、むしろそれが標準体重じゃないのか、という気もしないでもないのだが、116kgから95kg台に1年もしないウチに落ちた時は、それはそれは体が軽くて、重力が半分になった気分になったものである。そのまま、一瀉千里に80kg台まで行ってくれれば面白いのだが、そこから先はウンともスンとも落ちなくなり、中だるみになってしまった。
 それでも継続しようと思えたのは、リバウンドの幅が小さく希望が持てた事と、自分一人で暮らしてるので、相当な無茶も出来たからである。その無茶が、次に続くレコーディングダイエットという訳だ。

 この時代、特徴的なのは、よく飯を食わせてもらった、という事だ。争議の時の延長で、行く先々で色んなものを食べさせてもらった。争議が終わったあとは、収入も少なく、希望も少なかった訳だけど、これは本当に有り難かった。