昨日の夕方の事である。疲れた会社帰りの体を、月3万8000円のぼろアパートに向けて進めていると、近所の中華料理屋のおばちゃんが、道ばたで痩せた黒ネコと遊んでいた。人懐っこいネコである。そこの家のネコだと思い、そのままウチに帰った。ウチには扶持が待っているからだ。ところがその夜、コンビニに食い物を買いに出かけると、夕方のネコがコンビニの扉の前で、来る客来る客にしなだれ寄っているではないか。どうやら夕方のネコは、中華料理屋のネコではなくて、道すがりの捨て猫か迷い猫であったらしい。おばちゃんが声なんか掛けているから、てっきり飼い猫だと思ったのだ。それにしては痩せているのはおかしいと思った。
 どれどれと思い、その黒ネコを抱っこしてみると、やっぱり軽い。最近余りメシにありついていないらしい。明るいところでしっぽを持ち上げてみると、やはりメス猫である。こうした人懐っこいネコで、オス猫というのをついぞ見かけた事がない。オスは自立の精神が高く、メスは依存の精神が強いのであろうか。ウチの扶持もメスである。抱っこしてやると、「うにゃー」と泣いてもぞもぞする。見ず知らずの人に抱かれるところが、元飼い猫である証拠であるが、やはりイヤな様だ。直ぐ離してやるが、それでも足下にまとわりついてくる。こういうネコは「かわいい」の部類に入る。もし、扶持がいなければ間違いなくウチに連れて帰っているだろう。
 しかし、扶持は見ず知らずのネコ、特に同性が大嫌いである。大家さんとこの黒ネコとは、いつもケンカしている。待遇が遙かに良いのに、負けていないところが飼い主としては誇らしい(外では実に戦闘的なネコらしい)。それはともかくとして、この黒ネコを連れて帰ろうものなら、ウチの中でとんでもないケンカを始める事は必至である。よしんば仲良くされても困る。これ以上、扶養家族を養う余裕もスペースもないからだ。かわいそうではあるが、どこぞの親切な人に拾われる事を期待して、アパートに帰った。
 ネコ好きの親切な人はどこかにいるだろう。かく言う僕も、去年はその親切な人であった。去年の扶持は、まさしく昨日の黒ネコよろしく、ひょろひょろに痩せて、道行く人に鳴きかけていたからだ。いい案配かどうかはともかく、今年は飼い猫に復帰して、今は本棚の上でのびのびと寝ている。だからあの黒ネコも、来年の今頃はどこかのウチの本棚の上で、のびのびと寝ころんでいる事だろうと、期待している。