371dd674f47e1b5e9c07a48c9cc20533

 自分が18歳で東京に出てくる時に参考にした本が2つある。一つは松本零士の『男おいどん』、もう一つがこの前川つかさの『ビンボー生活マニュアル』だ。参考にしたというか、ある意味、理想とした本である。従って、初めて住んだアパートは四畳半一間、共同トイレ、風呂なしである。既にバブル期に突入していた「幸せだった日本」では、若者はワンルームマンションに住むトレンディーな生活が常識化しつつあった時代だったのに、自分はあえて貧乏くさい生活を志向したのだ。まぁ、財政的な見地からすれば、これはあながち間違った選択ではなかったのだ。今もってして、我が貧弱な収入をもって自立した生活を維持しあるは、まさに居住費用の廉価をもってして実現しているからである。
 さて、貧乏くさい自画自賛はともかくとして、この本の何が良かったかというと、その冒頭部分に「超近代的思想&ファッション」におけるビンボー生活を実践するためのアイテムが紹介されている事である。机かわりの新聞紙、灰皿かわりの空き缶、電気ポット、割り箸、紙袋、革靴、ブリキのコップ、カセットコンロ(のボンベ。コンロは隣りの学生から借りる)といった、一人暮らしをした事がない人でも、一応これだけあれば何とか生活出来る、という水準のアイテムがマニュアル化されているのである。あと、ホカ弁のノリ弁とか牛丼の話しなんかもあるが、この漫画で「ビンボー生活マニュアル」として価値があるのは、最初の3話に尽きると言えよう。
 この「ビンボー生活」とこれまでの自分の生活機材を比較すれば、上京極初期を除いて、遥かに自分の方が勝っている。机もあればテレビもあるし、そもそもMacやデジカメ(しかも一眼レフ)、バイクまで持っているのだから、とてもビンボーとは言えない。しかし、アルコールバーナーでメシを炊いたり、レギュラーガソリンでガソリンバーナーを燃して紅茶沸かしたりする辺りは、この漫画の方向性をある部分で踏襲している。決定的な違いは、この漫画の主人公は、ノリ弁や牛丼、カップラーメンが主食なのか、自炊をあまりしない、という事である。その点では、自分などは、一人暮らしを始めて最初に買った炊事道具が兵式飯盒であったから(炊飯器を買える金がなかった)、ビンボー度はこの主人公の上を行っていたのかもしれない。とにかく、電気ポットよりもガス台の方が汎用性が高い事は、自炊する政策の中で経験的に見いだしたのだ。
 この本が刊行されたのは、1987年。日本人が戦後もっとも幸せと感じていた80年代後半、バブル期が始まった頃の本である。この本の主人公は、どうやら大学は出たみたいだが、就職もせず、ボケッとした毎日を過ごしている。しかも可愛くてグラマーなカノジョまでいるんだから、幸せそのものな本である(終電すぎても隣りの学生の自転車で帰ってしまうこのカノジョ、二人はかなり清らかな関係であるらしい)。これが、格差社会バリバリの今の時代の話しだったら、就職に失敗した無為な若者、ワーキングプアの悲惨な生活実態を露わにした本、という事になるだろう。あの頃は、日本もワタクシも、幸せな時代だったのだ。