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 昨日、いつもメシ食わせて貰ってる地区労の人達と一緒に、『硫黄島からの手紙』を見てきた。労働組合の人たちの大半は、3度のメシより憲法9条が好きな人が多いので(憲法9条より好きなのは、酒と飲み会であろう)、あえてそんな人たちに、イスラム教徒に豚肉食わせるが如く、乾パンとかレーションとかを食わせてきた訳であるが、硫黄島二部作の一発目『父親たちの星条旗』が予想以上に良かったので、平和を愛好する皆さんに、是非ともこの映画をお見せしたかった訳だ。映画の中身については、これから色んな人が色んなところで評価するであろうから、敢えて自分は評価は述べない。一つだけいうなら、この映画は改憲派にとっては痛い一撃になると思うし、またこんな映画をアメリカ人が作ったというところに、海の向こうでは何かが変わりつつある事を予感する。
 とまぁ、そんなくそ真面目な事をココで書いても面白くないので、純粋にミリオタ的視点で感じた事を書いてみよう。まず、栗林中将が渡辺謙というのは男前過ぎ、逆にバロン西が伊原剛志というのはブサイク。主人公の西郷一等兵は、子持ちで上等兵にもタメ口きける古年次兵なのに、どうみてもガキにしか見えない二宮和也がやってるのはミスキャスト。加瀬亮扮する清水上等兵は、憲兵から歩兵に転科した時に、拳銃は返納している筈だから、戦地まで拳銃を持ってきているのはおかしい。バロン西が登場するシーンで、いきなり乗馬で出てくるが、果たしてタダでさえ漁船とかで物資輸送をせないかんかったのに、馬なんぞ連れてくる余裕があったのであろうか(今まで読んだ本の中で、そんな記述がなかったので、ちょっと疑問)。
 続いてさらにバロン西ネタだが、米軍上陸のシーンで、西中佐が戦車から砲撃指揮を執っているが、戦車はほとんどが分解されるか地中に埋めらるかして、トーチカとして使われた(つまり、剥き出しになってない)。
 擂鉢山陥落のシーンで、兵隊が次々に玉砕していく訳だが、手榴弾の爆発が早過ぎ。普通、5〜6秒の遅延雷管が付いている。時間の関係で爆発するまで悠長に待ってられなかったのは判るが、リアリティに欠ける上に、切迫感や破滅感が足りないと思う。
 やはりバロン西ネタなんだが、西中佐の洞窟の前にあった噴進砲は、どうみても九八式臼砲っぽいデザインだが、硫黄島に来ていた噴進砲は、四式の20センチ噴進砲と40センチ噴進砲で、どっちもデザインが全然違う。恐らく間違った資料を見たのだろう。また、噴進砲が活躍したのは、米軍上陸の第一夜だった。(でも、噴進砲を出したという事にちょっと感激)
 まぁ、こうした疑問点なりミスなりがあったからと言って、この映画の価値が下がる訳ではない。むしろ、日軍マニアにとっては失禁もの、護憲派にとっては「だからこそ憲法を守ろう!」と言える、右からも左からも、それそれの観点で受け入れる事の出来る映画なんではなかろうか。