■「とにかく逃げろ」「死んでも、やつらは反省しない」 いじめられてる君へのアドバイス 劇作家・鴻上尚史
(ウィズニュース - 03月06日 07:00)

 鹿川君事件を嚆矢とする「イジメ自殺」では、ともかく逃散する事が最適の解決であったかもしれない。会社であれ学校であれ、他人と結合されている組織からは逃避するのは、まだしも比較的やり易い事である。しかし、友人や肉親、夫婦といった関係からは逃避するのは、実のところ、非常に困難であると思う。DVや共依存の例を見ても、それが分ると思う。
 今回の事件は、「イジメ自殺」の例では解けない、何か新しいものを感じる。イジメ自殺は、あくまでも虐められた本人の自発的な意志によって死を選べたのであるし、加害している方は、いくら口で「死ね」といえども、まさか本当に死ぬとは思ってなかったりする。ところが今回の例は、加害している者が明確な殺意をもって、死ぬ気のない相手を殺害しているのである。背景にイジメがあって結果として死があるからといって、「イジメ自殺」の論法がまったく通用しない殺人事件なのだ。むしろ、背景のイジメに目を奪われてはならない事件なのである。
 もう一つ自分が奇異に感じるのは、13歳であれ18歳であれ、明確な殺意をもって殺人を犯せば、それは傷害致死などといった偶発的な事故ではなく、犯罪なのだという事が分ろうもんだ、という事だ。例えば、友人を殺害して解体する様なサイコパスや、無差別殺人を犯す「無敵の人」も、その結果、自分が死刑相当の刑罰を受ける事は知っている。知っていて、その犯罪を犯す。ところが、今回の18歳は、どう考えても「それを知らなかったのではないか?」としか思えない。海外には、少女をレイプして殺害しておきながら、2週間の社会奉仕で免罪されると思ってるバカがいたりするのだが、その手合いと同じ、非常に程度の低さを感じざるを得ない。
 そこまで人間の感覚が鈍化する何かが、今の世の中、今の時代にある、という事なんだと思う。

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